先日、正月恒例の「箱根駅伝大会」がありました。今年も「青山学院大学陸上部」が優勝し、三連覇を成し遂げました。長い歴史を誇る「箱根駅伝大会」は、関東地方にある大学のみで行われる地方大会ではありますが、日本中の有力選手が競う大会として、全国大会以上の注目を浴びる大会です。正月の二日は、朝からテレビの前に座り贔屓の大学を応援している人が多いのではないでしょうか。そして、最近は毎年のように「新記録」が出ます。それは、一体何を物語っているのでしょう。勿論、昔と違って「シューズ」や「ウェア」なども科学的な研究が進み、新素材で造られているやに聞きますが、それだけで「新記録」が生まれるはずがありません。走るのが人間である以上、その人間にこそ「秘密」が隠されていることを考えるべきでしょう。他にも多くの分野で若い力が活躍し始めました。私は、もう、現役を離れた高齢者に過ぎませんが、元教師の「眼」は、決して衰えてはいません。その「秘密」を私なりに探ってみたいと思います。きっと、その中に日本の「未来」につながる大きなヒントが隠されているはずです。
1 「大谷翔平選手」現象
今の日本は、「失われた30年・40年」といわれた時代の「ツケ」でも払わされているかのような「物価高」に喘いでいます。昭和末期の「バブル」が崩壊した日本は、それまでの「家族主義」を捨て、「株主優先主義」の経営に転換を図りました。もちろん、アメリカ政府の強硬な申し入れによってそうさせられたのです。「家族主義」では、アメリカ資本が日本社会に参入することができないからです。今、日本の多くの企業が「外国資本」であることは、珍しくありません。たとえ、日本名は残しても、実質は「外国企業」だという会社は数多あります。欧米や中国は、常に「勝利者が利益を得る」競争社会ですから、「社員は駒」でしかなく、「社員が家族」などという世界では、経営ができないのは当然です。「家族主義」とは、国や企業が、まず第一に「国民の生活」を優先した経営を行うことを指します。有名な企業家である「松下幸之助」が、「社員は家族である」と言った話は有名ですが、当時の経営者には、「会社は、家族と同じ」といった思想がありました。石油会社の「出光」も、「海賊と呼ばれた男」という小説で有名になりましたが、社長の「出光佐三」も、「社員は家族」を貫いた人として描かれていました。創業社長にしてみれば、戦前・戦後の苦しい時代を共に戦ってきた社員を「戦友」のように思うのは、人間の感情として当然のことでした。そこに登場してきたのが、「グローバル」という言葉(思想)です。つまり、「日本という狭い社会でものを考えるのではなく、世界的視野を持って経営を行おう…」という意識の転換です。
これに騙された日本人は、「企業経営をグローバル化」し始め、国内の生産工場を次々と外国に移して行ったのです。今や、日本企業の生産工場は世界中にあります。そして、国内が空洞化し、日本の経済は下降期に入りました。それでも、利益を社員に還元しなくなったことで、その企業は辛うじて命脈を保ったのです。おそらく、賃金を利益に応じて社員に還元すれば、純利益は薄くなり、倒産する企業が出たはずです。結果、グローバルを積極的に推進した企業の多くは、いつの間にか、企業としての「魅力」を失い、国民から信頼を失っていきました。国民の信頼を失った企業の行く先は、「外国資本」に乗っ取られるだけのことです。そして、社員の多くは「リストラ」の対象となり、この冬空に路頭に迷うことになったのです。黒字化した企業であっても、やはり、外国資本に乗っ取られた企業は、「社員は駒」でしかありませんから、不要と思われる社員は、次々とリストラされて行きました。最早、昔の「社員は家族」の面影はなく、「社員」は、不要となればいつでも捨てられる「消耗品化」して行ったのが、平成から令和の時代の特徴です。と同時に「学校教育」にも「グローバル化の波」は押し寄せ、「子供全員を一定レベルにまで引き上げる教育」から、「優れた子供を伸ばす教育」に転換していきました。今や、「不登校」が何人になろうが、「休職」する教師が増えようが、政府にとって、「グローバル化」に不要な人材はやはり「捨てる」存在でしかないのです。政治家や企業家も大きな声では言いませんが、本音では、「グローバル化に不要な人間は、切り捨てればいいんだ…」と思っているはずです。
そんな時代に「突然変異」のように産まれてきたのが、「大谷翔平」という若者でした。それまで、何事も「経験値」だけで判断してきた日本人が、理解不能な日本人が登場したことに驚き、心の中では(いつか、失敗するぞ…)と思ってきたはずです。まして、「プロ野球」という特殊な世界で生まれた「才能」だっただけに、「名選手」と呼ばれた「元プロ野球OB」たちは、だれ一人、「こいつは、成功する!」と言った人はいませんでした。テレビや雑誌など、あらゆるメディアが、「二刀流など、プロで成功するはずがない!」「プロを甘く見るな!」「大リーグなどで活躍できるはずがない!」と、したり顔で断言していたのです。ところが、日本のプロ野球で活躍したかと思えば、次は、大リーグに挑戦し、あっと言う間に大リーグ記録を次々と塗り替え、これまでの「名選手」たちを驚かせました。つまり、「俺は、プロだ!」と威張っていたおやじ連中の鼻を明かして見せたのです。それは、国民も同じです。これまで、だれもが為し得なかった結果を20代の若者が、あれよあれよと言う間に出し続け、今では「世界トップのスーパースター」になりました。「まさか…?」「奇跡が起こった…?」と、あれほどばかにしていたマスコミは、掌を返す如く、今度は、連日、このスーパースターの活躍を報道し、拍手喝采を送る始末です。浅はかと言えばそれまでですが、「掌返し」は、日本人の得意とするところでしょう。如何に人間が、これまでの経験値だけで生きているかがわかる事例になりました。これは、一種の「革命」だったと思います。
「大谷翔平選手」は、学校教育で育てられた人ではありません。もちろん、小学校から高校までは日本の学校で学んでいますが、彼の「人生観」を創ったのは、学校ではないはずです。何故なら、学校は飽くまで「常識」を教えるところであって、「才能を伸ばすところ」ではないからです。それに対して反論はあると思いますが、日本政府が望んでいる「個性」とは、「協調性のある個性」のことで、周囲の意見も聞かず、「我が道を行く個性」ではないはずです。まあ、都合がいいと言えば都合のいい理屈です。公が行う仕事は、「敵を作らず」が基本ですから、何でも中途半端で、官僚は、「責任を取らない政策」を立案するのを得意としています。それは、教えている教師も親も同じです。彼のように、自分の「才能」を把握し、自分で「能力を伸ばすためのカリキュラム」を作成し、きちんと「自己管理(コントロール)」しながら実践していくなど、これまでの日本人には考えられない思考と行動力があるからこそ、彼は「異質」なのです。しかし、これが、間違いなく、日本の若者たちの心に響きました。「そうか、大人たちが言うとおりにやっていてもダメなんだ!」「自分のやりたいことを自分で見つけ、それを徹底的にやり抜く意思があれば、自分も大谷翔平になれるかも知れない…」。これは、社会が停滞している今だからこそ、若者には「希望の光」に見えたはずです。今、高校の公立離れが進み、私立高校が人気になってきました。さらに、「通信制高校」が拡大し、スポーツや芸術で才能のある子供たちが、敢えて「通信制」を選んでいます。
つまり、だれもが「大谷翔平選手」の姿を見ているのです。有名な「プロ野球OB」が批判していた大谷選手の生き方が、大人たちの常識を破り、大成功を収めている姿は、「過去との訣別」を意味しています。「過去の常識に囚われてはいけない」ことを大谷選手は身を以て教えてくれたのです。今、政治の世界でも同じことが起きています。高市早苗総理大臣が、「真性保守」を旗印に掲げ、中国と対峙してでも「正論を通す」姿は、これまでの常識を覆すものでした。そして、それに真っ向から反対する野党政治家、マスコミは、まるで、大谷選手のときの「老いたプロ野球OB」連中に見えます。そして、その「OBたち」の実績など、簡単に吹き飛ばす力が大谷選手にはありました。日本のプロ野球選手が束になってかかっても、彼の実績の足下にも及ばないでしょう。これまで偉そうに講釈を垂れていた「自称専門家」たちは、もう口を噤むしかありません。遂に「若者代表」が「大人代表」に勝ったのです。これ以降、若者たちは次々と「自分のスタイル」で世界を目指すようになりました。それは、野球だけでなく、あらゆるスポーツ界、芸能界に波及し、そして、いずれ、一般の世界にもそうした現象は現れてくるはずです。いや、もう、そうした動きをしている若者は多くいるはずです。旧来の「教育システム」が崩壊したとき、「新しい教育システム」が生まれ、そこから、第二第三の「大谷翔平」が誕生するのです。もう、「経験値」だけでものを語る時代は終わりを迎えたと認識するべきです。
2 「起業」する若者たち
昭和から平成にかけては、日本人の生き方にひとつの「方程式」らしきものがありました。それは、第一に「学歴」です。中学校も高校も、教師たちは「できることなら、大学に行った方がいい…」と生徒だけでなく、親たちを説得し、進学こそが「成功の第一歩」とばかりに大学進学を勧めました。「とにかく、大学さえ出ていれば、何とかなる…」という神話は、50年以上続いたと思います。その名残は、今でも各高校には残っており、どんな高校でも「進学実績」を公表していない学校はありません。しかし、少子化が進んだ現在、「どんな大学でも…」と言えば、だれでも入学できる時代になりました。そして、偏差値の低い大学は「Fラン」と呼ばれ、大学差別の対象になっています。それでも、高校を卒業した後に目標を立てられない若者は、「取り敢えず進学」するのが、今の状況です。しかし、進学をしたものの学費は高く、借りた「奨学金」と呼ばれる「教育ローン」は金利も高く、大学を卒業した後に重くのし掛かってくる現実があります。やっとの思いで就職しても、安月給の中から「借金の返済」を迫られるのですから、大学進学は決して「人生を幸せにする手段」ではなくなっているのです。まして、ただ学校のカリキュラムに則って勉強してきただけの学生は、特に特技や才能があるわけではなく、「大卒」の肩書き以上の働きができるとは思えません。既に各企業は、それを十分にわかった上で学生を採用しているようです。
令和の時代を迎えて、国が求めている人材の「質」が大きく変わりました。それは、「AI」の登場が、社会を大きく変えてしまったからです。今の若者の多くは「スマホ」を自由に使いこなし、わからないことは、人に尋ねるより「AI」に頼ろうとします。そして、「AI」が出した答えを拠り所にして自分の人生そのものまで変えようとするのです。これは、まさに「革命」です。つまり、彼らは、人間が出した答えよりも、コンピュータを信じるということですから、親も教師も政治家も「AI」以上の答えを出すしかありません。しかし、知識も教養もない大人にそんなことが可能でしょうか。方や、「知能コンピュータ」が相手です。世界中から瞬時に情報を収集し、即座に分析・考察して必要な人間にわかりやすく提供(アドバイス)できるとすれば、その「間違いの確率」は、限りなく「0」に近づくはずです。それも、「AI」には、不得意という分野がありません。どの分野の質問に対しても、同じ態度で相手に接し、瞬時に「より確かな答え」を提供できるとすれば、それは、「神の領域」なのではないでしょうか。そこまで、進化した「コンピュータ」を操る人間が、昭和・平成のままでいいはずがありません。人間に求められる「能力」が、これまでとは違う世界を求めているとすれば、教育もそれに応じたものにしていかなければ、社会の要請に応えることができません。
結論から言えば、今の日本の「学校教育」は、こうした社会の要請に応えるような体制にはなっていないということです。いつまでも、「偏差値」という数値に惑わされていては、新しい社会に適応することはできません。学校が変わることを待っていては、若い人たちの貴重な時間が失われてしまいます。それなら、学校や社会が変化するのを待つのではなく、自らが「意識改革」をしていくべきでしょう。今、大学生の中に、そうした行動に出る人が現れてきました。それが、「起業」です。昔から、日本人は「安定志向」が強く、「寄らば大樹の陰」という言葉があるように、何かに寄りかかって生きていくことで「心の安定」を求めようとしてきました。最近まで、「公務員志向」が強かったのも「公務員は安定していて、給料も高い」と信じられてきたからです。しかし、今や公務員は一部の「モンスター市民」の対応に苦慮し、心を病む人が急増しているそうです。例の「熊騒動」を見ればわかるでしょう。世の中には、「人の命より、熊の命の方が大切だ…」と考える人もいるのです。「常識」が常識にならない人を相手に対応することは、体力より「精神(心)」を削られます。学校の教師が次々と倒れるのも同じ現象が現れているからです。最早、日本の何処にも「大樹」はないのです。
学校で教えられることや、社会の常識を「鵜呑み」にせず、自分の眼で確かめ、自分の力で「真実」を見極めようとすれば、今の時代は、そんなに難しいことではありません。なぜなら、「情報」は統制されず、自由に手に入るからです。コンピュータ時代の到来は、「情報戦」に強くなることが求められます。昔であれば、「大人は絶対」であり、情報は、大人たちからもたらされました。そこに、大人たちの「都合」によって、色を付けられていても、子供にはわかりません。そして、大人に誉められれば、それが「正解」だと思わされてきたのです。しかし、現代は違います。親だろうが、教師だろうが、偉い政治家だろうが、その「言葉」には「色」が付いています。それは、すべて「悪意」ではありませんが、「真っ白」ではないことも確かです。それなら、自分で調べて分析してみることが真実に近づく道だと思います。「起業する人」たちは、そうした行動が採れる「先進的な日本人」だと言うことができます。先に述べた「大谷翔平選手」もその一人です。しかし、一方、社会が言う「安定」を求めないとすると、成功するためには、「自分を鍛える」しかありません。
人間には、「好き嫌いの感情」があるように、「得意不得意の分野」もあります。これまでの日本の教育は、「不得意分野を減らす」ことに力を入れ、「平均点を上げる教育」に邁進してきました。これは、「効率的な生産体制」には、効果的な教育方法ですが、「特色を際立たせる商品開発」には、向きません。コンピュータが導入されて以降、「効率的な生産」は、「AI搭載型ロボット」の方が、人間より数倍効率的なのです。人間ほど、管理に気を遣う必要もありませんし、自己主張もありませんから、だれが考えても、これを導入しない企業はないでしょう。今、社会が求めているのは、だれもが同じ物を持つ「金太郎飴」ではなく、「自分しか持っていない特別」な物を欲しがる時代なのです。たとえば、高速道路の「サービスエリア」を見てください。昭和のころなら、何処でも同じスタイルのサービスエリアしかなく、そこでの目的は「休憩」でしかありませんでした。しかし、今は、「サービスエリア」毎に様式が違い、施設の中で販売されている「食」にも大きな違いが見られます。そして、そこを利用する人は、高速道路を利用する人だけでなく、そのエリア内の商品を買うために別のルートから入っている人もいます。これが、「特色」というものでしょう。
そのためには、各企業は市場調査を綿密に行い、人の動きや年齢、利用する時間帯、地域産業などを事細かく把握した上で、多くの人に好まれる商品を販売しているのです。たかが、一杯の「ラーメン」であっても、特色がなければ、人はそれを購入しようとはしません。けっして、高価な品物でなくても、最早、日本人は「個性」を求め始めているのです。それなのに、いつまでも「同質性」を追究するような教育をしていても、日本人には受け入れられないずです。それは、おそらく、コンピュータ社会、そして、「AI」がもたらした現象だろうと思います。そうなると、若者は、「昔の価値」しか知らない大人たちを信用しなくなります。大人の言うことにしたがって「学歴」を手に入れても、「幸せ感」は得られないからです。「大学を出れば、幸せになれるんだよ…」そう言い聞かされて、やっとの思いで「大卒」という手形を手に入れて社会に出たのに、自分の唯一の「手形」が通用しなくなったショックは、計り知れないものがあります。そのとき、自分を唆した大人たちはみんな「老人」になっていて、けっして、幸せな「老後」を送っていないことに気づかされるのです。(騙された…)と思っても、もう、その怒りをぶつける相手はいません。社会に不満をぶつけても、結局は「自己責任」のひと言で終わりです。
学校や家庭が大してあてにならないとなれば、自分の好きなことを「追究する力」が必要になります。昔であれば、「そんなことをやって、何か将来の足しになるのか…?」と、大人たちに嫌味を言われた若者がたくさんいたはずです。私もよく、「勉強もしないで、漫画ばかり読んで…」とか、「遊んでばかりいないで、勉強しなさい!」などという小言は、散々聞かされて過ごしました。しかし、令和の現在、その「遊び」こそが、日本を支える力になっているのですから、如何に「大人たちがいい加減か」わかろうというものです。もちろん、それは仕方のないことだとは思いますが、「ものを知らない」ことの怖ろしさを今更ながら感じる次第です。今の時代になって、やっと、人それぞれの「個性を伸ばしてもいい」時代になりました。その個性は、学校でいう「学力」とは異なる能力かも知れませんが、それを「やる勇気」がなければ、いくら周囲が勧めてもどうなるものでもありません。大学でも、こうした能力に目覚めた学生たちは、いわゆる「大企業」や「官僚」を目指さなくなりました。
昔なら、だれもが憧れた「有名企業」や「官公庁」への就職希望者は減り、自分の力が試せるユニークな「中小企業」や「起業」を考えるようになりました。まして、「転職」が一般化してくれば、たとえ、中小企業で働いても、そこで得た「技術や人脈」は、後の「起業」に大いに役立つはずです。それは、恰も「先祖返り」しているかのようです。日本人は、江戸時代以降、己の努力と才覚でのし上がってきたという歴史があります。だれもが、最初から与えられた仕事で人生を全うしたわけではありません。町人であれば、商家への「丁稚奉公」から始まり、手代、番頭と出世し、30代半ばでやっと分家して「暖簾」を分けてもらいました。この間、およそ20年が経過しています。「人生50年時代」ですから、その半分を「奉公」という形で店に仕えて仕事を覚えたのです。今でも、職人は「修行10年」と言いますから、一人前になって独り立ちできるまでには、およそ20年という年月が必要なのです。そう考えると、たとえ大学を出て起業したとしても、その仕事が軌道に乗るためには、相当の時間が必要なのだと思います。しかし、今の時代のように、大企業であっても、40代以降には「リストラ」の対象となるくらいなら、「20年間」は「修行の時代」と考えて、自分の好きな道を「極める」のも面白いと思います。
3 「精神」の二極化
今の日本のように、学校や大人たちが子供に関心を向けなくなると、子供は間違いなく「二極化」していきます。これまで、学校は、「子供の学力向上」と「子供の健全育成」を担って頑張ってきました。しかし、社会が「それが、余計なお節介だ…」と言うのであれば、学校は子供の教育から手を引くしかありません。子供の中で、家庭円満で、子供自身の生活や学力等にも問題ない者は、おそらく「2割」程度だろうと思います。(もっと、少ないかも…)。どんな家庭でも、子育ての悩みはあるもので、それを一緒に考えてくれる「人」の存在は欠かせないと思います。まして、現代のように、「親」でさえ、孫の面倒を看る余裕がない状況を考えると、信頼できる「人」が、早々見つかるはずがありません。マスコミは、学校嫌いですから、学校の「欠点」ばかりを突いた報道をしますが、これまで、親身になって「子育て」を支えた教師がたくさんいたことを私は知っています。それを「余計なお世話だ!」と言って切り捨ててしまえば、困っている親や子が救われる道はありません。本当にそれでいいのでしょうか。結局、「困りごと」も、自己責任とやらで放置されるのが、現代なのだとしたら、本当に「冷たい社会」になったものだと唖然とします。これでは、日本の「少子化」に歯止めが利くはずがありません。
「児童虐待」という言葉が、世間を騒がせましたが、日本政府が言うまでもなく、児童相談所等への通告は年々増加し、止まるところを知りません。政府は、これを「国民に周知されたことで、通報が増えた」と公式のコメントを発表していますが、何とも、危機感のない無責任な言い方でしょうか。本当は、「家庭が壊れつつある」というのが、正確だろうと思います。昔から、「お節介をやく近所のおばさん」という言い方で、ちょっと迷惑な人が周りにいたものですが、それはそれで、日本の「庶民生活」には欠かせない存在でもあったのです。確かに、家を覗き見されているようでいい気持ちはしませんが、「心配をしてくれる存在」と考えれば、若い人や困っている家族には、なくてはならない人でもありました。そして、それを一々「プライバシー」だとか、「人権」だとか言う言葉で遠ざけたりはしませんでした。だれもが、苦労をして生活し、子育てをしてきたわけですから、周囲に「心配をしてくれる人」は、貴重な存在でもあったのです。それが、消滅した今日、家庭は益々密室化し、そこでどんな暮らしが営まれているのか知る由もありません。それが、「児童虐待」を生んでいるとしたら、私たちはどうすればいいのでしょう。まして、子供時代に、親と呼ぶ大人から、そんな酷い扱いを受けた人間が、健全に成長できるはずがありません。
「家庭」というものは、第三者の眼が入らない「密室空間」です。そのため、外見で家庭の様子を知る術はありません。まして、今の時代のように「プライバシー優先社会」では、たとえ隣に住む人でも「だれか、知りません…」などという言葉は普通に聞かれます。親でさえ、我が子の生活すべてを把握できるはずもなく、心配はしていても、子供にアドバイスできる親子関係は少数でしょう。学校の教師たちも、子供の様子から心配をしていても、あからさまに親に尋ねることもできず、「児童虐待の疑い」があってさえ、通報を躊躇う気持ちがあります。そうなると、先ほど述べた「健全だと思われる家庭」の割合は、さらに低くなる可能性があります。そうした中で、子供が健全に育つかは、「運を天に任せる」ような気分になることがありますが、せめて、「信頼できる大人との出会い」を願う他はありません。そして、その確率は、年々低下していくことでしょう。今の社会は「成熟」したかに見えて、実は「未熟度」を加速しているように見えます。確かに、昭和の時代には、「人権意識」も「プライバシー」も「ハラスメント」もお構いなしで、「人の迷惑、顧みず」で突っ走っていたと思いますが、それでも、周囲の「温かさ」はありました。今の時代は、その「温かさ」が、周囲にはありません。
特に、子供や若者は、大人以上に「社会の冷たさ」を肌で感じています。子供と言うものは、「未熟」だからこそ子供であり、大人の見識や経験を基に助言をしてやる必要があるのです。それを「自己責任だ…」と、放り出せば、子供は何処に向かえばいいのかわからず「路頭に迷う」のです。最近、「闇バイト」なる悪質犯罪が横行していますが、これに加担した若者の多くは、普通の青少年たちです。僅かなバイト代欲しさに、見ず知らずのサイトに登録したがために「悪の組織」に取り込まれ、凶悪犯罪へと走っていく姿は、それが、あまりにも未熟であるが故に気の毒でなりません。こうして、「未熟」な若者が自分の将来を危うくするのです。報道だけを聞いていると、「そんなサイトに登録するからいけないんだ…」とか、「おかしいと思ったら、逃げればいいじゃないか…?」と言った声が聞こえますが、心が「未熟」な人間に、そんな判断力はありません。「あれ…?」「なんか、おかしいぞ…?」と思っていても、相手を疑うこともできない人間は、相手に引き摺られるままに動いてしまうのです。本来、それを制止するのが、周囲の大人の役目ですが、日頃から「プライバシー」を大切にする善良な親や教師は、そこに踏み込むことを嫌います。なぜなら、それは「内心の自由」に触れると思っているからです。本来は、親は、我が子に対しては、理屈より「感情」が先に立つものですが、社会が理屈(建前)優先になると、その「感情を抑制する」ことが、いいことだと思い込んでしまうのです。
たとえ、親であっても我が子の内心に踏み込めないとなれば、最早、打つ手はありません。昔なら、それでも、学校の教師が「捨て身」になって、生徒を諫めるようなこともあったでしょうが、今の時代は、それをすれば、教師は「懲戒処分」を免れないでしょう。こうして、子供は成熟できないまま、年齢を重ね「大人」になっていくのです。そんな「未熟な心」しか持たない人間を信用して雇う会社はないでしょう。確かに、「学歴」は、その人間を評価する「目安」の一つですが、それは、飽くまでも「能力の一部分」であって、すべてではないことを忘れてはなりません。また、大人であっても、「未熟な心」しか持たない人間が、上の立場に立てば、とんでもない「不祥事」を起こしかねません。大学教授による女子大生への「セクハラ」。検事による部下女性検事への「性的暴行」。金融官僚による「横領」。教師による女子生徒の「盗撮」…。最近の不祥事事件を聞く度に、「未熟なまま」大人になってしまった人間の愚かさに気づかされます。日本もそろそろ、「学力神話」を見直す時期が来ていると思います。
日本人一人一人の「心の成長」は、社会が発展する上で欠かすことの出来ない要素のひとつですが、それを「評価」する方法がないのも日本社会の欠点です。眼に見える狭い範囲の「学力」のみで人を評価し、その人の内面にまで考えが及ばないとなると、円滑な人間関係を築くことは難しいと思います。また、お互いを理解し「切磋琢磨」するような社会でなければ、人間としての成長もありませんし、社会の成長もありません。同じ日本人同士が牽制し合い、無関心な関係が「健全な社会」を創るとは、私には到底思えないのです。人は「人」である以上、心を許しあう関係を築き、「お互い、頑張ろう…!」と言い合える家族や仲間がいて始めて、心が安定して「前向き」になれるのだと思いますが、そうではないのでしょうか。そして、私たちは、「高学力=高人格」でないことを忘れてはなりません。それが「勘違い」だったことは、既に、これまでの多くの事件が証明しています。「高学力・高学歴」の人の中にも、私たちの常識を越えた「異常者」がいるのです。
そもそも、教育に関する最高法規と言われる「教育基本法」の目的は、「人格の完成」にありますが、たとえ、どんな立派な目的であっても、「評価」する方法がないのですから、この法は、ほとんど意味を為してはいません。もちろん、「理念」を表したものであることは承知していますが、「だったら、いいね…?」では、国が定める法律とは言えないでしょう。安倍晋三総理は、日本の未来を考えて、整然「教育基本法の改正」を行いましたが、残念ながら、その理念は、悉く崩れ、今や、だれも「教育基本法」なる法律があることすら忘れているでしょう。もし、あのとき、これを「評価する方法」を示していれば、もっと違った政治や教育ができたような気がします。私は、最初に「精神の二極化」という言葉を遣いましたが、簡単に言えば「善悪の判断力」「思い遣りの心」「周囲への配慮」「親切心」…などの「道徳心」を持っているかいないか…の「二極化」を指します。私たちは、勝手に「日本人なら、それくらいの分別はあるだろう…?」と思い込んでいますが、それは、子供のころから大人たちに教えられてきたからです。「子は親の背中を見て育つ」たとえがあるとおり、「子は、社会を見て育つ」のです。それは、特別な場所で教わることではなく、日常生活の中で、自然に体験して知ることがほとんどだったはずです。しかし、孤立化が進んでいる現在、子供や若者たちは、その「心」を何処で学ぶのでしょう。たとえ、学校の授業で「道徳」を扱ったとしても、日常の中にその道徳がなければ、それは単なる「机上の哲学」でしかありません。今、若者たちは、それを「AI」に教えてもらっているそうです。人間が信用できないからこそ、機械に頼らざるを得ない社会で本当にいいのでしょうか。
4 「職人(プロ)」が生きる社会
先ほど述べた「大谷選手」を初めとする日本の若者たちは、平成以降の教育で育って人たちです。つまり、マスコミが挙って、「ゆとり世代」と揶揄した教育の申し子たちなのです。そして、そうした若者の先駆者の後を継ぐように、次々と「新しい世代の若者」が世界で活躍をするようになりました。そこには、国の施策も、学校教育も関係ありません。彼らは、まさに「独自の路線」を敷いて、自ら羽ばたいて行ったのです。そして、それを批判し笑っていたマスコミや社会は、ずっと凋落傾向にあります。「常識が正しい」と思っていた人たちの敗北が明らかになりました。今や、そうした若者の力によって、日本が支えられているのです。先日まで、朝ドラで「アンパン」が放映されていました。私も大好きで欠かさず見ていたドラマです。漫画家の「やなせたかし」さんの奥様がモデルのドラマでしたが、当時の漫画家の苦労が偲ばれました。昭和のころは、よく親から「漫画ばかり読んで…」と、よく叱られたものです。しかし、子供心に「面白いものは、面白い…」としか言いようがありませんでした。それでも、当時の大人たちは「漫画なんて…」と馬鹿にして、「新聞を読む」ことが、さぞや立派なことにように言っていましたが、その「新聞」は、今では、国民の支持を失い、情報源は「SNS」に取って替わられてしまいました。そして、その「漫画」が、日本を代表する「文化(カルチャー)」として、世界に爆発的に広がっているのです。
当時の大人たちが、けっして奨励しなかった「漫画文化」が、今の日本を支えていると言うのも皮肉なものです。しかし、「漫画じゃ飯は食えない…」と言われていた時代から、漫画を描き続けた人たちがいたからこそ、文化は継承されたのです。そして、日本人の描く漫画は、そのジャンルを問わず、まさに「個性溢れた」作品ばかりです。そして、漫画は、テレビ界、映画界に広がり、今ではネットを使って世界中に配信されています。やはり、「面白いものは、面白い!」で間違いありませんでした。日本は、古くは江戸時代の「浮世絵」もヨーロッパでブームになったことがあります。「北斎」「歌麿」「広重」「写楽」などは、ヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えたことがわかっています。幕末ころには「ジャポニズム」なるブームが巻き起こり、日本に対する関心が高まったのです。これらは、「政治」とはまったく関係がありません。民間の「文化」が、西欧に受け入れられたのです。それと同じ事が、現代の「漫画・アニメ文化」にも現れています。これを「個性」と言わずして、何を個性と言うのでしょう。そして、「個性」は、政治とは無関係な場所で華開くことが多いのも特徴です。
今、テレビ番組で外国人が日本の「職人」に弟子入りして、日本文化を学ぶというものが放送されていますが、それは、日本の「食」であったり、「工芸」であったりと、まさに「日本の職人芸」と呼ばれる高い技術に魅せられた人々の熱い思いが伝わる番組です。たとえば、日本の食の代表と言えば「ラーメン」や「寿司」、「カレーライス」などかな…と思いますが、これらの店は、日本の町であれば、そのメイン通りには、何軒も見つけられるはずです。そして、全国には、地元の食材を使った多種多様な商品が提供されています。私の故郷は、「福島」ですが、ここでは、「ラーメン」と「蕎麦」が有名で、各職人が競い合うようにして味を極めています。まず、福島に旅行に行って、「不味いラーメンと蕎麦」そして、「特長のない温泉」に出会うことは、まずありません。そのレベルは、東京にも負けないと思います。そして、日本人は、「旨い」となると、どんな辺鄙な山奥の店にでも足を運び、「旨い、旨い…」と言いながら、口いっぱいに頬張る姿を見ることができます。こうした食文化などにも理解があり、それを高く評価できるのも日本人なのです。
日本人は、「職人」を社会的に低く見ることはありません。昔はいざ知らず、日本には、政府から「勲章」を授与された職人がたくさんおり、それらの店は、超有名店としてネット上でも高く評価されています。逆に、どんな有名店であっても、味が落ちれば辛辣に叩くのも、それだけ国民一人一人が味への「拘り」があるからです。他にも、日本の鉄道の花形である「新幹線」や「運行管理システム」などは、世界に類を見ないほどの正確さで運行され、その「安全性」は世界一を誇っています。また、地震国である日本は「耐震技術」にも定評があり、「地震に強い建造物」でなければ、建築することはできません。もちろん、度重なる大地震で被災した人々は多くいますが、新しい基準で建てられた家屋は、ほとんど倒壊しませんでした。外国から見れば、「そんなに厳しくしなくても…」という意見はあるとは思いますが、災害が多い国土だからこそ、日本人が、長い経験と知恵を巡らせて「命」を守ろうと努力してきたのです。それは、日本人が、けっして「規則や法律」だけで生きてきたわけではないことを証明しています。日本人は、欧米のように「生活に宗教が根付いていない…」と言われますが、それは、宗教観の違いです。日本人は、キリスト教のような「聖書」を持たなくても、日々の暮らしの中に「神の存在」を感じています。
毎朝、「小泉八雲」をモデルとしたドラマが放送され、好評を博していますが、昔、日本には「神の存在」を強く感じる場所がたくさんありました。山や川、林や森、古い祠、由緒ある神社や寺…。現代では、街中で自然に接する場所は減りましたが、それでも、少し足を延ばせば、自然に触れる場所はたくさんあります。日本人は、「大きな自然物」に対して、「神」を感じる特性があります。「大きな岩」「大きな杉の木」「大きな山」…。特に日本一大きな火山である「富士山」には、特別の感情を抱き、「富士山が見えた!」というだけで、子供たちも大喜びをします。そうした環境の中で暮らしていると、街中にいても、思わず「手を合わせる」「頭を下げる」瞬間というものがあるはずです。そして、ふと、自分を省みるのです。それは、学校で教えられたわけでも、親から教えられたわけではありませんが、何となく、人々の振るまいの中で気づき、いつの間にか、自分もそうしているだけのことなのですが、若いころより、年を重ねたころの方が、その思いに気づかされるようです。よく、飲食店がテレビ等の取材を受けることがありますが、かなりの高齢者のご主人に「どうして、そんなに頑張れるのですか?」という問いに、多くの人は、「いやあ、みんなが喜んでくれるから、辞められないんだよ…」という声を聞きます。
だれも、「いやあ、この商売は儲かってしょうがないからやってんだよ…」とは言いません。長年飲食店を経営していても、あの仕事は「薄利多売」が原則で、儲けが薄いことはだれもが知っています。しかし、食べた客が「いやあ、旨かった…」「ごちそうさま…」「また来るよ!」などという声が聞こえたら、心が疼くに違いないのです。そして、料理人は、(お、旨かったか…。そりゃ、よかった…)と笑みを零しているはずです。そして、何も言わずに立ち去る客がいても、その器が「空」になっていれば、(腹が膨れてよかったな…)と、その客を思い遣るのです。だからこそ、料理人という「職人」は、毎朝早くから仕込みをして、一日中働き、夜は夜で翌日の準備を怠らないのです。日本人の多くは、こうした働きを知っているからこそ、料理が旨くなることも知っています。そして、それを作る人を「いい職人だな…」と誉め、尊敬の念を抱くのです。だから、「職人」が、自分より下の人間だなんてだれも思いません。だからこそ、多くの外国人が日本に旅行に来て、「日本の味」を堪能したいのでしょう。
5 「個性」を信じる「個性」
戦後、日本人から「個性」が消えました。「消えた…」というより、「隠れた」と言った方が正確だと思います。古代から、日本人は個性的な人の集まりで、法隆寺などの寺院に見られるような「木造建築物」は、巨大な上に堅牢です。また、各地に見られる「城郭」も、知恵と工夫が詰まった建造物で、その「木造建築技術の粋」を見ることができます。そして、そうした技術は、1,000年以上前から今に至るまで引き継がれ、一企業として成り立っているわけですから、その「文化の継承」は、驚くべきことです。また、「源氏物語」を初めとする古典文学は、世界最古の「小説」として、日本語及び日本文学の奥深さを世界に知らしめました。俳句や和歌なども、日本語ならではの表現の巧みさが、外国語及び外国文学を凌駕しています。さらに、水墨画や浮世絵などの「絵画」、茶道や華道、書などは、人間が持つ「美意識」を高めなければ、その価値に気づくことはできないでしょう。他にも、日本が世界に誇るべき「文化」は、ジャンルを問わず存在しています。これでも、日本人には「個性がない」と言うのでしょうか。ただ、外見的に「おとなしい」「物静か」「議論をしない」「相手を尊重する」など、欧米や中国の人との違いから「個性がない」と考えるとすれば、個性をわかっていないのは、日本人ではなく、寧ろ外国の方だろうと思います。
戦後の日本人は、「敗戦のショック」で、これまで自分たちが信じてきた「絶対的価値」が崩れました。それらは、科学的ではない「神話」であったかも知れませんが、それが、人々に「自信」を与えてきたことは確かです。そして、アメリカ軍を中心とする占領軍(GHQ)の政策によって、日本人は、「過去の歴史を全否定」するところから、戦後が始まったのです。それでも、各種「文化の継承者」たちは、細々とでも自分たちが受け継いできた「技術」「理念」「歴史」「伝統」を残そうと、必死になって守り抜いたからこそ、今に残る「文化」があるのです。しかし、そうした「歴史や伝統」なる世界が、表舞台に出るまでには、相当の時間が必要でした。目立てば、GHQから、どんな理不尽な要求が為されるかわからない時代です。あのときに、失われた美術品や刀剣、仏像などの彫刻品が多数あったと聞きます。何もわからない欧米人は、それを文化として見るのではなく、単に「高価な品物」として扱い、自分の欲得のために日本から掠め取って行ったのです。彼らには、そもそも、「文化」なる世界は理解できなかったようです。そのため、日本人は、できるだけ「個性」を隠し、だれがだれだか「見分けが付かない」スタイルを確立し、それを「標準化」しました。
それは、まるで「軍隊の制服」のように見えます。今でも、学生たちが濃紺の「リクルートスーツ」を着ますが、あれなどは、遠目で見れば違いがわからず、同種の人間の集まりにしか見えません。しかし、これは、個性を隠す「カモフラージュ」だということは、みんな知っています。その証拠に、彼らは昨日までは、自分の好きな格好で街を歩き、大学の授業を受けていたわけですから、今更「黒髪・白シャツ・紺スーツに黒短靴」を着ても、その着慣れない格好は、如何にも「就活」と見えてしまいます。それをどう思うかは、個人の自由ですが、私は「なるほど、こうして自然に常識人になっていくんだな…」と思うだけです。それに、どんな格好をしていようと、個々が醸し出す雰囲気は変えられません。ベテランの面接官なら、相手がどんな服装をしていようが、その能力も見極めるはずです。「個性」とは、そのくらい強烈なオーラを発するものなのです。これを、周囲の人間が世界の風潮に合わせて、「個性、個性…」と騒ぐのも不自然だと思います。もし、周囲の人間に「個性が見えない…」と思ったら、それは、「能力(才能・センス)がない」のだと思うことです。逆な見方をすれば、「個性を見せない技術も個性」なのではないでしょうか。
日本の戦後教育は、この「個性を消す」作業から始まりました。それは、「大量生産・大量消費社会」では、個性的な商品は売れないからです。戦災で何もかも失った日本人は、茶碗一つ、お箸一膳から生活を再スタートさせなければなりませんでした。碌な家にも住めず、布団すら満足に敷けない暮らしを考えれば、「同じ商品が、大量に安く」売り出されれば、こんなに有り難い話はないのです。自分の好みに合わせるのは、その「先の話」でよかったのです。「テレビがほしい・冷蔵庫が欲しい・洗濯機が欲しい・炊飯器がほしい…」と、人々の欲求は、衣食住から始まりました。それを大量生産して売り捌き、社会に浸透させるのが先決だったのです。学生が「制服」を着ていたのも、それ一枚あれば、何処に行っても恥ずかしくないからです。私も学生のころは、毎日「制服」しか着ていませんでした。学校に行くときも、友だちと会うときも、外出するときも、冠婚葬祭も、すべて「制服一着」で足りるのです。一々、「今日は、何を着て行こうかな…?」などという悩みもなく、だれもが「同質」で、同じ教育を受けられたのですから、それ以上の幸福はなかったでしょう。しかし、その昭和が終わり、平成・令和と続く中で、「同質性」が、それほど求められなくなりました。
今、やっと、日本人は「同質性」から解放され、個性をうんと発揮できる時代になったのです。そんな時代に「みんなと一緒」でいる意味がありません。大谷選手が、同質性を嫌い、自分の個性を自分で磨こうと決心して動き出したように、若者たちは、自分の「好きな道」を自分の身体を使って堂々と生きて行けばいいのです。それを遮るものは、たとえ親や教師といえども許されるものではありません。しかし、その「道」を極めることは、どんなに高い山に登るより過酷な道かも知れません。しかし、理不尽に「命」を奪うことはないはずです。後は、己自身の「意思」の問題だけです。若いころから、周囲に流されて生きていけば、それが「道」となります。「流行を追う道」も、決して平坦ではなく、あっという間に流行は廃れます。そして、次の流行がやって来ます。その流れの速さは、人の思うところの何倍を速いものです。それを「生き抜く」ことも、個性の力だと思います。現代のように「情報過多」の時代を生きていくためには、流行に流されながらも、何処かに「冷徹な眼」を持っていることが大切です。そして、真剣に自分の生き方を考え、信じた道を貫けば、たとえ「野垂れ死に」しようが、人生「本望」だと思います。
「職人(プロ)」は、「人に阿らず」堂々と自分らしく生きていくことができます。ただし、自分を支える「大きな木」はありません。いずれ、自分が大成したとき、自分自身が、その「大樹」になれるかも知れませんが、その「木」は、けっして甘えを許さないでしょう。「自分らしく生きる」ことは、そんなに甘いことではありません。大きな組織の一員になることは、一見幸せそうに見えるかも知れませんが、「自分」というものを発揮するためには、相当の努力と苦労をするはずです。今話題になっている「セクハラ」や「パワハラ」は、そうした大きな組織にこそ起こる病で、本物の職人(プロ)は、そんなつまらない「虐め」に加担することはないはずです。たとえ、組織の一員であっても、本物の「職人」は存在します。私は元教員ですが、自分など到底真似のできない「授業」をする教師がいました。学級に子供が何人いようと、子供の心を掴み、その能力を最大限に発揮させる手腕は、まさに「教師の職人」という領域に達していたと思います。それは、別に特別の研修を受けたわけでもなく、高学歴の人でもありません。長年培ってきた経験と勘、そして、磨いてきた技術が為せる技なのです。しかし、彼らが、教員の世界の「出世」を目指したかと言われれば、それはありません。管理職になった人もいたかと思いますが、やはり、教師は「授業が勝負」の世界ですから、それ一筋に腕を磨いた人は、やはり「職人(プロ)」なんだと思います。そういう意味では、これからの若者は、大きな組織に埋没するような生き方を選ぶのではなく、たった一人でもいいから、他人が真似のできない「技」を習得した「職人(プロ)」を目指して欲しいと願うばかりです。

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