最近、「闇バイト」なる凶悪な強盗事件が全国で頻繁に起きています。既に何件かの容疑者が逮捕されていますが、テレビ等に映される容疑者は、どれも20代から30代の若者世代で、一見すると「優男」に見えます。中には、保育士や会社員などの正業に就いている者もおり、なぜ、こんな凶悪事件を起こすのか不思議でなりませんでした。しかし、解説などを聞いていると「なるほど…」と思わせる理由があるから、また驚きです。そう言えば、最近、「SNSを使ったアルバイト情報」がテレビCMでも流されるようになり、「一日バイト」や「隙間バイト」なる、ほんの短期間(短時間)のアルバイトが推奨されています。これは、各業界での「人手不足」が原因なのでしょうが、それにしてにも、こうした犯罪に走る「若者」たちの「道徳観」は、一体どうなってしまったのでしょう。確かに、話を聞くと「指示役の主犯格の人間に騙された」ことはわかりますが、こうも簡単に、悪意のある人間に「騙されるものか…?」と思うと、背筋が寒くなります。想像力が乏しい…というか、「危機回避能力が弱い…」というか、あまりにも情けない有様で、言葉もありません。現代は「スマホ社会」となり、だれもが、「小型携帯コンピュータ」を持ち歩き、それに依存して生きているような時代ですが、そこには、これまで以上に危険を伴う「サイト」が存在し、各個人が「責任感」を強く持って使用しなければならないはずです。どんな「誘惑」があろうと、それに乗るのも「自己判断」なのですから、後から言い訳をしても許されるはずがありません。しかし、一方、そうした若者を「弱く」したのは、だれなのでしょうか。もちろん、個人が「弱い」のはよくわかります。他者に責任を押し付けるものではありません。しかし、「教えるべきことを教えなかった責任」は、家庭や学校、社会全体にはないのでしょうか。本来、果たすべき「教育の使命」を果たさず、世界の潮流に流されて「人権」や「個人」ばかりを強調し過ぎたために、こうした悲劇を生んでいるとしたら、全国の「教育」に携わる人々は反省しなければならないでしょう。そのことを踏まえて、現代の「教育」を考えてみたいと思います。
1 「叱れない(らない)指導」で本当にいいのか?
これは、教育の「本質」にも関わる問題だと思いますが、現代のように「叱らない・叱れない教育」というものが、人間を育てて行く上で、本当に可能なのでしょうか。最近の社会の動きを見ていると、何か、グローバル化と「軌を一」にしているかのように見えます。何処の国でも、その歴史や伝統、風俗、文化が違うにも関わらず、「国境」という垣根を取り払い、何でもかんでも「グローバル化するのがよい」とでも言うような風潮が、年々広がっているのが気がします。最近でも「国際連合」から、日本の「憲法」や「戸籍制度」「皇室」などについて、様々な「勧告」がなされているようですが、傍から見ていると「他所の国に何を言っているんだ?」と眉を顰めたくなる言動が多く見られます。会議に出ている各国の代表者は、自分の考えを述べているに過ぎないのかも知れませんが、「国連の勧告」という形で出て来ると、何か強制力でもあるかのような錯覚をしてしまいます。そして、国内にある「グローバル勢力」は、それを「後ろ盾」にして、日本の有り様を変革しようと企んでいるようですが、本当にそれでいいのでしょうか。最近では、国会で揉めた「LGBT」に関する法律が正式に成立しましたが、これなどは、日本文化に馴染まない法律で、だれが考えても「アメリカ政府」の圧力で作られた法律であることがわかります。日本の政治家は、常にアメリカや中国の指導者の顔色を見て政治を動かしていますので、そうなってしまうのでしょうが、常に「外国が先進的」という考え方は、最早、時代遅れのような気がします。昭和のころは、外国産を「舶来物」として珍重しましたが、今では「外国製品も色々あるなあ…」というのが、正直な感想です。
平成のころから、世界は「グローバル化」の波が押し寄せてきました。最初の頃は、深く考えもせず「世界が国境の壁をなくして、自由に人も物も移動できるようになるのか?」くらいの認識しかありませんでした。その上、文部科学省の公文書の中にも「グローバル化」の文字が出て来るようになり、学校は、嫌が応にもそうした教育に転換していったのです。しかし、時間が経つにつれて「何かおかしいぞ?」といった疑問が湧くようになってきました。そのひとつに「移民問題」があります。これも、最初のうちは「政情不安な国から逃れた人々は気の毒だ…」と思っていましたが、もの凄い数の移民が欧米に流れるようになってくると、各国で移民に対する問題が多発するようになってきました。このころ、日本にも多くの外国人が流入してきたのです。学校でも、外国人の転入者が、年間で一人、二人のうちは「頑張って受け入れましょう…」と好意的に受け入れましたが、これが、どんどんと増え続けると、学校の教職員だけでは対処できなくなりました。言語も「英語」「中国語」「韓国語」「スペイン語」…等、日本語しかできない教師に「何とかしろ…」と言われても、どうしようもありません。それでも、「国際化とは、こういうもんだ…」と言われれば、仕方なく受け入れていたのです。その間、政府はまったくの無策で、各自治体の教育委員会が、何とか予算化して「外国語ルーム」用の教員を加配するなどして対処してきました。しかし、「英語」は何とかなっても、それ以外の言語は、どうしようもありません。外国語講師を探そうにも、日本にはそんなに外国語が堪能な人はいないのです。その子たちも、日本では小学校、中学校、高等学校へと進学して行くのですから、彼ら自身も大変だったろうと思います。
こうした眼に見える「グローバル化」だけでなく、このころから、世界は「人権・差別・個人」というキーワードで、人々の幸福を追求するかのような「理想論」ばかりが先走り、現実から逃避するかのような言論が多く見られるようになりました。日本は、「SDGs」なる国際連合の提案を早速受け入れ、政府広報等で宣伝をして、「新しい教科書」にも内容が盛り込まれるようになりました。しかし、最近では、どうも最初の勢いはなくなり、今では政治家もあまり言わなくなったようです。内容を見ると「貧困、不平等・格差、気候変動による影響など、世界のさまざまな問題を根本的に解決し、すべての人たちにとってより良い世界をつくる」ことを目的とした「世界共通の17の目標」なのだそうですが、どれも「反対論」は言えない目標ばかりです。その内容自体は「立派」ですが、さて、これに真剣に取り組む国は、どれだけあるのでしょう。それに、これを「究極的」に解釈していくと、その国は、とんでもない負担を強いられることがわかります。今の日本でも、貧困問題や格差問題は明らかに存在します。賃金等の不平等も以前から言われていることであり、やっと「最低賃金」の引き上げができたくらいです。もし、これを早急に実現しようとしたら、消費税や所得税などの「税金」をかなり上げても追いつかないでしょう。それでも「やれ!」と言うのなら別ですが、「目標」は目標として捉え、現実的な対応しかできないのは、どの国も同じはずです。まして、常任理事国である「アメリカ・ロシア・中国」は、この問題にどのくらい真剣に取り組んでいるのか聞いてみたいものです。
こうした「グローバル化」の中で、注目されたのは、貧困に喘ぐ子供たちの存在です。そこには、日本人が考えるような「差別」や「人権侵害」どころか、「命に関わるような」酷い扱いを受けている子供たちがいることがわかってきました。そして、「可哀想に、日本にはそんな子供はいないだろう…」と思っていたら、何と、家庭内で酷い「虐待」があることが明らかになったのです。「親が子を虐める」などということは、日本人の「道徳観」には、まったくそぐわないものです。「子は鎹」とか、「子供は宝」などと言われている一方、我が子を憎み、酷い虐待を続けた挙げ句「殺人事件」にまで発展するケースもあり、国民の多くは「唖然」としたものです。そして、そうした親に限って、通告されても、「子供をしつけていただけだ!」と言い張り、児童相談所も介入できないまま放置されました。そして、こうした「児童虐待」は、今も止まることを知らず、その「通報件数」は、増加し続けています。日本の場合、親の「親権」が異常に強く、行政も「子供は親と暮らすのが一番の幸せだ」と考えているようで、すべてが後手後手に回っています。若者たちからは、「毒親」とか、「親ガチャ」などの言葉さえ出ているのに、勝手な「親子像」を創り、子供の意見を碌に聞かない行政や裁判所は、もっと実態を見るべきなのです。
そして、一方では、「子供の心に傷をつけてはならない!」といった声が大きくなり、学校でも家庭でも「威圧的」と見られる指導は、できなくなりました。たとえば、「大声で叱る」「掌で叩く」「物置に入れる」「家に入れない」「食事を与えない」…等は、すべて「虐待」とされたのです。昭和のころであれば、「親(教師)の愛情さえあれば、体罰も必要」とされた認識が、ここで「180度」転換されました。そうなると、結果的に、親も教師も「子供を叱ってはならない風潮」が生まれて来たのです。「子供を叱る行為」まで、虐待となったわけではありませんが、社会の雰囲気がそれを許さなくなりました。マスコミも「体罰=暴力」という扱いになり、「叱責」も「威圧的虐待」と捕らえられ、大人が子供に対して「自信」を持って指導できなくなったのです。そう言うと、立派な人々は「そんな暴力でしか得られない自信なら、捨ててしまえ!」と言いそうですが、昔から日本で行われてきた「子育て」を「虐待」とまで言われれば、最早、打つ手はありません。「それなら、子供に関わらないようにしよう…」という大人が増えたのは事実です。それなら、どうするかと言えば「うちの子は、話せばわかりますから、よく話して下さい」が、子供への対処の仕方になりました。最近では、教師も上から目線で叱るのではなく、子供と同じ目線になって「諭す」のが主流のようです。しかし、それを本気で実践している国が、世界でどのくらいあるのでしょう。そして、その「教育的効果」は、どの程度あるのでしょう。私のような未熟な人間には甚だ疑問です。
社会全体が、「子供に関わると面倒だ…」となると、だれもが、子供に注意もしなくなりました。少し声をかけただけで「不審者」呼ばわりする時代ですから、だれもが「見て見ぬふり」をするのが一番です。したがって、「子供のことは、学校か役所がやればいい…」が、大人の賢い対処方法なのです。この「叱らない・叱れない教育」にした責任は、こうした社会の風潮にあることを忘れてはなりません。実際、子供を指導していて、「叱らないで指導できるのか…?」と問われれば、絶対に「無理だ」と答えます。教職を40年務めた私でさえ、「そんな無茶なことを言われても困る」というのが正直な答えです。そして、それを子供自身が望んでいるのかと言われれば、それも「NO!」でしょう。私が教師に成り立てのころ、いたずらをした子供を叱ることができず、上手に諭すこともできませんでした。これまで、他人に対して、自分の感情を顕わにしたことのない人間が、たとえ「子供」とはいえ、他人厳しいことを言うことには抵抗がありました。昭和世代の日本人は、子供のころから、ある程度厳しくしつけられていましたので、勝手に「自制」する機能が働き、自分の感情を人前で出すことを「恥」と捉え、抑制するのです。そんな人間が、いくら「教師」だからと言って、そう簡単に他人を「叱る」ことができるはずがありません。結局、曖昧な注意しかできず、「悪さ」をした子供は、十分反省することなく、その場から立ち去り、それで終わりです。(はいはい、わかりましたよ…もういいですか?)といった態度が見えているのに、何も言えない教師をどう思いますか。これは、「叱らない」のではなく「叱れない」のです。
子供は「大人の態度」をよく見ています。本気になって感情をぶつけて来ない大人に、子供は真剣に向き合おうとはしません。「自己保身」の態度は、子供に見透かされるのです。(なあんだ。こいつも大した教師じゃねえや…)と侮った眼を向けられたときのショックは、今でも脳裏に焼き付いています。そして、それを見ていた周囲の子供たちから、「先生、しっかりしてよ。そんなんじゃ、だれも言うことを聞かないよ!」と、きつく言われたこともあります。それは、小学校4年生の女子たちでしたが、厳しい眼で私を見詰め、心の中で憤慨しているのがわかりました。大人は、子供から(頼りないなあ…)と思われたらお終いです。二度と、教師の言うことは聞かなくなるでしょう。子供は、「本気で自分にぶつかってくれる人」だけを信じるものなのです。文部科学省は、政府の統治機関ですから、政治の意向を踏まえた指導を「公」に行います。それは、言葉だけを聞けば「なるほど、すばらしい理屈だ」と納得しますが、実際の「人間関係」は、そんな理想論で語られるほど単純ではありません。子供は、単に年齢が幼いというだけで、生育歴も性格も家庭環境も様々です。親の「価値観」も様々で、政府が考えている「価値観」とは真逆な思想を持った人もいます。そうした中で、一担任教師が30人以上の子供を一律に指導していくことは、正直「無理がある」と思います。
まして、戦後の「占領期の改革」によって日本人の価値観も多様化し、それを「容認する」ことが「民主主義」だと教えられました。そこでは、たとえ、「危険な思想」を持った人物がいても、犯罪行為でも犯さない限りは、それを否定することはできません。家庭内においても同様です。一時期、宗教の教えによって「けがをしても、うちの子に輸血はしないでください!」という親がいました。宗教観が違うので「七夕集会やクリスマス会には参加しません!」など、その親の価値観で教育を拒否するケースがあるのです。しかし、それも「容認」するしかありませんでした。それが、憲法の保障する「思想・信条の自由」なのです。そして、「子供は、親を映す鏡」と言いますが、まさにそのとおりでした。現在は、そのとき以上に多くの「思想・信条」を持つ人が増え、学校で指導すべき「価値」は、さほど強い「説得力」を持たなくなりました。今、日本では「いじめ」という言葉で、大人から子供まで、多くの「人権侵害」や「差別問題」が起きていますが、これは、まさに「SDGs」の趣旨から外れた「恥ずべき行為」のはずです。しかし、一向に収まる気配はありません。十分理解できていない子供だから「教育が必要」と、何処の学校でも「いじめ防止・人権尊重教育」は行われています。しかし、事件は起き続けています。それ以上に「大人のいじめ(ハラスメント)」は、子供以上の悲劇を生んでいます。これを政府はどう考えているのでしょう。「人の心」は、理屈ではありません。いくら高邁な説法を聞いても、心が動かなければ、その人の行動に反映されないように、教師の言葉も「真実」でなければ、相手に届くことはないのです。
「叱らない指導」は、いつの間にか教師の心を萎縮させ「叱れない指導」になっています。そうなれば、当然、若い頃の私のように「子供からの信頼」を失うのは必定です。人間関係において、「信頼」というキーワードは、絶対的に必要な、人間としての「心の絆」につながります。親子関係でも同じです。普段は仲のよい関係であろうと、間違いを犯したとき、人間には「叱ってくれる存在」が必要なのではないでしょうか。子供の眼から見れば、「叱ってくれる=守ってくれる」ことを意味します。だれが、守ってもくれない大人を信用するものですか。そもそも、人間には「絶対」はありません。政治家だろうが教師だろうが、親だろうが、個人個人を見れば「ひ弱」な一人の人間なのです。しかし、大切なのは、それが、どんな人であろうと、自分の向かって「真剣」に叱ってくれる人を子供は望んでいるのです。子供は、表面上の「叱る教育」や「叱らない教育」なんて、どうでもいいことなのです。自分の身に降りかかる「本当の危機」が訪れたとき、身を捨てて子供を守る勇気がある大人を求めているのです。「能書きだけ垂れる」大人を信用する子供はいません。子供が悪いことをして、本当に「反省」をしなければならないとき、必要なのは、そうした勇気のある「大人の言葉」だけだと思いますが、如何でしょう。今の日本の政治や教育は、「グローバル化」という一時期の妄想に近い思想に操られ、日本人に合わない教育を強いられてきました。それが、子供を不安定にさせ、多くの社会不安や犯罪を助長しているのだとすれば、いずれ、歴史から大きな「罰」を受けることになるでしょう。政府も、そろそろ、問題の本質に向き合い、真っ当な政治に立ち返って欲しいものです。
2 政府が「教育」を管理してはいけない
日本は、明治維新以降「国が教育を司る」ような国家体制になっていました。それは、大東亜戦争の敗戦後も続き、「教育=文部科学省」という体制が100年以上続いています。何か、日本人は国が「教育」を管理しないと困るかのような錯覚に陥っていますが、実際に「子育て」すら満足にやったことのない「官僚」や「政治家」たちに教育行政を委ねるのは、大変危険だと思います。現代に生きる私たちは、これが「当然」のような感覚ですが、本当にそうなのでしょうか。明治期の教育は、私から言わせればけっして「健全」な姿ではなく、「緊急やむを得ない措置」でしかなかったように思います。それは、明治政府が「日本の独立」を守るために「富国強兵政策」を採ったからです。確かに、幕末から明治期、いや昭和前期までの世界は「帝国主義」と呼ばれる、まさに人権も平等も個人も無視されるような「弱肉強食」の時代でした。それは、産業革命に成功した「先進国」が、「啓蒙」という便利な言葉を用いて、強い軍隊を持たない国を侵略し「植民地化」していったからです。「植民地」での先進国の統治は、「搾取」以外の何ものでもありませんでした。資源を奪い、人を奪い、歴史や文化までも奪い去りました。その「弱肉強食思想」が世界大戦を生み、世界は焼土と化したのです。そして、唯一「アメリカ合衆国」のみが生き残り、世界支配を強めたのです。こんなことは、中学生にでもなればわかることです。そんな時代に「教育」は、個人のものではなく「国家」のものであったことは間違いありません。だからこそ、国には「徴兵令」があり、様々な「国家による管理」ができたのです。今の時代になって、本当に教育が「富国強兵教育」そのままの体制でいいのでしょうか。
明治政府は、自分たちが行ってきた革命を正当化するために、徳川政権を悉く批判し、「時代遅れの腐った大樹を切り倒し、新しい夜明けを迎えた」と豪語し、それまでのすべてを否定して見せました。そのために、人々が馴染んでいた生活習慣や制度を変えなければならなくなったのです。たとえば、幕府は「寺社」を重んじ、幕府内にも「寺社奉行職」が置かれてた歴史があります。それは、日本の国教が「仏教」と「神道」であることを知らしめ、これによって人々の価値観を統一していたからです。そして、村々の寺に「戸籍台帳」を作らせ、「人の管理」を行っていました。これは、外国にも見られない優れた制度で、犯罪抑止に大きな効果があったと言われています。今でも、日本人は「戸籍」によって、その存在が確認されており、「日本国民」としての身分を有しているのです。そして、寺社に対して、多くの日本人は尊敬と「畏れ」を抱いており、村に置かれた「氏神様」は、自分たちの「守り神」として存在していたのです。その「氏神様の子」が「氏子」なのですから、日本人は、だれもが「神の子」と言えます。そんなことを言うと、今の日本では批判を浴びますので、公には言えませんが、そういう「気持ち」でいることは、人間には大切なような気がします。
私たちの子供のころは、「森羅万象に神が宿る」とか「死んだら皆仏となる」といった宗教観は、だれもが共通して持っていました。だから、「どんなものも粗末に扱ってはいけない」「神仏は、敬うもの」「どんな悪人も死んだら仏になる」といった感覚は常に持っていました。大人たちは、子供を叱るときに「そんなことをしたら、神様や仏様の罰が当たるよ!」と言うことが多く、子供心に「そんなものか…」と気をつけたものです。それが、きっと「畏れ」という感覚なのだと思います。ところが、明治政府は「神も仏もあるもんか!」と、寺社を次々と破壊して行ったのです。「廃仏毀釈」と歴史では習いますが、それまでの日本人の生活習慣を破壊して、どんな国を創ろうとしていたのでしょうか。本当に怖ろしい「革命」だったと思います。如何に、薩摩や長州の人間は日本人としての「宗教観」がないかがわかります。そして、西洋諸国に倣って「学校」なる制度を創りましたが、これは、「富国強兵政策」の一環として行われたもので、国民を政府の管理下に置き、統一した教育を行うことで「管理しやすい国民」「すぐに兵隊になれる国民」を育成しようとしたものです。その結果、それまで個性的だった日本人が、個性のない「金太郎飴」のような人間になってしまいました。
確かに、黙って上官の命令にしたがう「兵隊」は、能力のない上官には便利な道具です。何でも、「上官の命令は、天皇陛下のご命令であるぞ!」と言えば、反論はできません。なぜなら、だれもが「朝敵(国賊)」になりたくないからです。こうした日本人の精神的弱味に付け込んで「兵隊ロボット」を作ったのが、明治政府です。欧米の先進国で、そんな軍隊を持つ国は何処にもありません。訓練期間ならともかく、前線に出たことのある兵隊なら、そんな偉そうな上官の命令など聞かなかったでしょう。それに、先進国は将校たちの査定が厳しく、常に「指揮能力」がその人物の評価になりますので、勉強ができたからといって、すぐに進級させるような真似はしませんでした。日本軍だけが、いつまでも「陸軍・海軍大学校卒」であることをひけらかして、能力もないのに金ピカの紐(飾緒)をぶら下げて「作戦」を立てさせるから、あっと言う間に敵に弱点を暴かれ惨敗するのです。要するに「勉強だけ」できる人間を評価する制度を持つのは、日本だけということです。
先進国の多くは、教育機関は「民間」が多いそうです。特に「大学」は、財閥等が資金を提供して開学した大学が多く、今でも、それを誇りにしています。そして、小中学校から「民間」に教育を委ねれば、かなりユニークな実践をすることができます。もちろん、それがすべて成功しているわけではありませんが、子供や保護者が「学校を選べる」のであれば、それを選択するのも「自己責任」ということになります。日本で不登校が多い原因のひとつは、この「自由選択」ができないことにあると思います。今、社会の様々な分野で「強制」が伴うものは「納税」と「教育」くらいしかないのではないでしょうか。納税は国民の義務ですから、強制以外には方法があるようには思えませんが、「教育」は、もっと自由選択の幅が広くて当然です。子供が5歳になると、自治体の教育委員会から一枚の葉書で「入学通知書」が送られてきます。「〇〇小学校に入学」と既に学校も指定されていますので、それを拒否するためには「私立」の学校を選ぶしか方法がありません。しかし、「私立」の学校数は少なく、受験等を伴うところも多いのが現実ですから、選択する余地がないのも現実です。しかし、文部科学省が、この制度を民間にも開放すれば、小中学校くらいなら、今の数百倍は増えると思います。そこは、民間の「家」かも知れませんし、「ビル」のワンフロアかも知れません。場合によっては、「親子」で作った学校かも知れません。それくらい「自由」に教育を開放すれば、日本人なら、きっとユニークな教育実践ができると思います。
なぜなら、日本では既にそうした「学校」を実践してきた実績があるからです。それは、「江戸時代」にまで遡らなければなりません。江戸時代は、後期には確かに「藩校」と呼ばれる「公立学校」が各大名家で設置しましたが、それまでは、幕府が設置した「昌平坂学問所」くらいしかなかったはずです。後は、いわゆる「塾」といわれる私立の教育施設なのです。そして、その「塾」に入る前の基礎学習の期間には、「寺子屋」に入り「読み書き算盤」を習得しました。この「寺子屋」では、「往来物」「庭訓物」といわれる書物を使い、今日の「道徳」や「生活習慣」「しつけ」なども行われていました。そして、年齢も上がり12歳ほどになると「塾」に通うのです。もちろん、全員が行けたわけではありませんが、就労年齢が低い時代ですから、今の「小学校課程」が終われば、農家でも商家でも仕事はできました。そして、この「寺子屋」は、町の中の少し学識のある人物が教えていましたので、その指導内容は様々で、町の人も「読み書き算盤さえできればいい…」といった具合でしたから、寺子屋の師匠も自由に教育ができたのだろうと思います。ここには、幕府や藩の介入はなく、人々の教育に対する必要感で生まれたものだったのです。
要するに、江戸時代は、生きていくために必要な「基礎学習」は「寺子屋」が担い、その後は、仕事をしながら覚えました。今流行りの「OJT」がここでは既に実践されていたのです。商家に奉公に上がれば、12、3歳から丁稚奉公し、手代になるのに10年。そして、番頭になるのが、また10年。そして、10年も勤めてやっと「暖簾分け」となります。つまり、42、3歳ころにやっと店の「主」となるのですから、苦労は並大抵ではありませんでした。そして、その後10年くらいは、主人として店を大きくして、50歳過ぎにやっと「隠居」です。でも、40年も商家で商いに努めれば、だれが見ても立派な「商人」になっているはずです。特別に高い授業料を払って「高等教育」を受けなくても、人として立派な人間に成長できるのですから、何も恥ずかしいことはありません。私たちが、妙に「学歴」に拘るのは、明治維新以降の政府の政策に乗せられてるだけのことなのです。そして、高等教育は「塾」が担いました。当時の日本では、「芸がある」ことが非常に大事にされる文化がありました。そのため、学問のみならず、囲碁、将棋、書道、絵画、演劇、三味線や歌謡など、今に残る「伝統芸能」は、江戸時代からの「文化的価値」が受け継がれてきた証なのです。これなら、その「道」に才能のある者は、高名な「師匠」を見つけて弟子入りし学んでいったのです。武道でよく使われる言葉に「守破離」がありますが、これは、元々は「能」の世阿弥が残した言葉だそうです。
意味は、弟子になりたてのころは修行の身なので「守」の世界です。ここでは、「師匠」の教えを守り、ひたすら「真似」をすることにあります。今でも落語の世界がそうだと聞きますが、「理屈で考えるより、同じことを真似て繰り返せ!」というのが教えなのです。そして、次に「破」の世界に入りますが、これは、一応の修行を終え「一人前」になった時期をいいます。ここでは、師匠の教えの「基本」を破り、自分らしい「独創性」を編み出すことです。古典芸能では、「〇〇流」というものがありますが、たとえ、その看板をいただいていても、各人の個性で違ったものが出来上がりますが、その流派の基本はきちんと守っているはずです。そして、最後が「離」世界になります。これは、自分が習得した「〇〇流」を離れ、これまで、だれもやっていない「自己流」を創ることにあります。たとえば、剣豪の宮本武蔵は、修行の末に「二天一流」を兵法を編み出し、その極意を「五輪の書」に著しました。これが、人の修行の一生です。こうした「修行」は、学校教育で得られるものではなく、たとえ「国家資格」を創ったとしても、その道の「離」の世界に達する達人は、稀ではないでしょうか。「資格」は所詮、「最低できるレベル」を保障するもので、そこから「達人・名人」になるのは、大変な修行が必要になるのです。
武士になると、さすがに、町人と一緒の「寺子屋」というわけにはいきません。やはり、「国(藩)を治める」といった重要な役職に就くのが「武士」ですから、やはり人並み以上の知識と教養が求められました。そのため、各家庭では、かなり熱心に教育がされていたのです。ここが、今の日本の「家庭」との大きな違いでしょう。テレビや映画の「時代劇」などでも表現されていますが、家庭内にもしっかりとした「序列」があり、それによって「秩序」が保たれていました。現代から見れば、「男尊女卑」の「遅れた文化」のようですが、一人一人の「人間」として見るとどうでしょう。「秩序があり、礼儀正しく、己を律する覚悟を持ち、凜とした佇まいを持つ」人々と、現代の人々が同じ「日本人」には見えません。失礼ながら、「古い時代」の人間の方が、ずっと立派に見えるのは私だけではないはずです。たとえば、私の故郷の会津藩(福島)での教育を見てみましょう。幼いころは、「家庭」での「しつけ教育」が基本になります。年長の兄や姉、母、祖父母などが、その家の身分に応じた教育がなされていました。江戸時代は、身分(階級)社会ですから、その家の「格」に応じて、外での服装も定められていたようです。「身分が違う」といった言い方を今でもするときがありますが、「差別」嫌う現代から見れば、とんでもない社会なのかも知れませんが、その「格」に相応しい教養を身に付けなければならなかったことも事実です。
将来、訪れるであろう「お城に上がる(お役に就く)」ことを考えれば、行儀作法はもちろんのこと、一般教養は身に付けておかなければなりません。もちろん、節である以上「武芸一般」は、それなりのレベルまで高めておく必要があります。その上、その役職に見合う「知識・教養」は欠かせません。武士にとって、人から侮られることは「死」に値する恥辱なのです。このプライドが、武士を支えていました。時代劇などを見ても、子供が座敷に正座して勉強している姿が映し出されますが、あれは特段、脚色しているわけではないのです。子供は、まずは、「論語」からはじまり12歳ころまでに、「四書五経」にまで達する者もいたそうですから、武士の子も必死に学んでいたことがわかります。そして、会津藩では、外に出れば「什(じゅう)」と呼ばれる「仲間」が作られており、近所同士の先輩後輩が、藩校「日新館」に入るまでの「切磋琢磨」の場になっていたのです。もちろん、子供同士ですから、今でいうハイキングをしたり、相撲をとったり、釣りをしたり、ゲーム(双六等)をしたりしたでしょう。しかし、ここでは「嘘を吐く」「約束を違える」ような卑怯は行為は禁止でした。それを破れば、子供といえども「しっぺ」や「仲間はずれ」という罰まであったそうです。今でも会津若松市に行くと、各所に看板が立てられており「什の掟」が書かれています。そして、最後には「ならぬものは、ならぬものです!」で締め括られています。「だめなものは、言い訳をしてもだめだ!」という教えですが、「ハラスメント」「いじめ」が絶えない日本人に、もう一度、しっかりと教えたいものです。
そして、成長して12、3歳ころに「日新館」に入学します。そこから先は、猛烈な勉強と武術を習い、一人前の「会津藩士」になるよう鍛えられました。その中で優秀な者は、選ばれて、日本全国にある有名な「塾」に入学して修行をすることを許されました。佐倉にある西洋医学塾「順天堂」には、西洋医術を学ぶ「会津藩士」の名が記録されています。「順天堂」では、全国から集まった塾生たちに、オランダ語のみならず、英語、フランス語、ドイツ語で書かれた「医学書」が与えられ、それを読んで理解し、議論できるよう指導したそうです。その上、「外科手術」の技術は、当時「日本一」のレベルにまで達していたそうですから、凄まじい努力があったことがわかります。「塾」と言って、今の時代の学習塾や予備校程度の学校でないことは確かなようです。「日新館」の学生の中には、幕府の学問所である「昌平坂学問所(湯島聖堂)」に推薦され、塾頭にまで昇った藩士もいました。これらの塾は、やはり、他藩からの武士も推薦されて「留学」してきていましたから、その勉強も大変だったと思います。もちろん、武士ですから、江戸の有名な「千葉道場」や「斎藤道場」などに修行に来る者もおり、土佐の坂本龍馬などは、土佐藩から選ばれて「千葉道場」で修行をしています。そして、成人して修行を終えると、国に帰り「お役目」に就くのです。歴史の授業では、「江戸時代は、階級が固定されており、家柄で役目が決まる」などと書いている教科書がありますが、それは「原則」としてそうであるだけで、たとえ「家老」の家柄であっても、凡庸な跡取りでは「家老」に登用されることはありません。やはり、江戸などの有名な塾で修行を積んだ者が抜擢されて、重要なポストに就いたのです。どこの藩でも「御家大事」ですから、御家を守るために、常に「適材適所」を心がけ、優秀な人材を育てようとしていたのです。先に述べた「順天堂」のあった佐倉藩には、「成徳作用」という言葉があり、「学ぶことは、己の徳を磨き、人の役に立つことにある」と諭しています。今の政府にも聞かせたい言葉です。よく、「明治時代に近代学校制度を整えたお陰で、日本は人材が育ち近代化することができた…」という人がいますが、(えっ、嘘でしょ?)と思わず聞き返したくなります。
こうした先進的な教育が行われていたからこそ、明治維新以降、日本は早急な「近代化」を成し遂げることができたのです。けっして、薩摩や長州の人間が優秀だったわけではありません。そして、「学校制度を創ったから、優秀な人材が育った」わけでもありません。日本の学校制度は、飽くまで、帝国主義時代に独立を保持するための緊急政策である「富国強兵」を実現するための教育であり、そこには「個性の尊重」などは、まったく考慮されていないことに気がつくべきなのです。それを今でも後生大事に抱えている日本が、令和の時代を迎えて大きな「負の遺産」になってしまったのです。本当なら、日本が大東亜戦争に敗れたときに、根本から教育制度を見直すべきでした。それまでの「複線型」の学校制度は、現行の「単線型」の学校制度より遥かにましだったと思います。中味は、「詰め込み・丸暗記主義」から脱却することはできませんでしたが、それでも、エリート校ではない「工業学校」や「商業学校」などでは、かなり質の高い「実務教育」が行われていましたので、戦後の日本の復興を支える力となっていました。それに、戦前の「大学」は、日本全国から選ばれた頭脳が集まっていましたので、先進国の技術を学ぼうとする真摯な態度がありました。それが、まさか、戦後になると「レジャーランド化」するとは、思ってもいなかったでしょう。
今の日本の教育は、戦後「最低」のレベルにまで落ちてしまいました。いや、戦後どころか、明治初年ころより酷い状態だと思います。文部科学省も政府も、早くそのことを認め、学校教育を「民間」に開放するべきなのです。そして、文部科学省は、どうでもいいような、細かな通達を出さず、民間に任せてみたら如何でしょう。もちろん、最初は混乱が生じるかも知れませんが、それによって救われる子供たちは多いはずです。よく、マスコミでは「学校の教育は、軍隊のようだ」と揶揄しますが、要するに「管理や規則」が厳しいことを指摘しているのでしょう。それでは、学校判断で「管理や規則」を緩めても、文部科学省や教育委員会は容認するのでしょうか。マスコミの記者も、たまには「学習指導要領」や「文部科学省通達」をよく読んで下さい。今の学校体制の中で、マスコミが言うような学校経営をするには、今の「倍」の教職員数が必要になるはずです。最低ギリギリの線で頑張っている教職員に無理難題を言っていることに気づかず、恰も、学校や教師の「努力不足」のような言い方は、益々、日本の教育を貶めるだけのことです。今こそ、昔に帰り「教育」を国民の手に返して欲しいと願うばかりです。
3 自分を「管理」できない日本人
令和の時代になると、世界の人々は「グローバル化」の流れの中で、「個人」を最重要視するようになりました。それは、「公」より「私」を優先させようとする思想であり、人間が「集団」から「個」に帰ることを勧める思想でもあります。確かに、頭の中だけで考えると「個が優先される社会」は、一人一人が大事にされているようで気持ちのいいものです。しかし、これが具体的な形になると、意外と厄介な問題を孕むことになります。つまり、「自分がやりたいことが最優先で、何も我慢する必要はない」という思想ですから、家庭でも学校でも社会でも、当然「軋轢」を生む原因になります。それは、そうでしょう。たとえば、家庭内で家族が自分の都合を優先して、勝手なことを言い合えば、自ずと家族はバラバラになってしまいます。そうなれば、「家族は、個人を縛るだけの集団で、早期に解散すべきだ」という論が成り立ちます。何も家族全員が「同じ姓」を名乗る必要もありませんし、「同じ家」に暮らす必要もないでしょう。それぞれが「独立」した形で生きていけばいいのです。「血のつながり」などは、生きていく上で何の意味も持ちません。それなら「墓」も個人でいいはずです。そして、元々他人が契約書一枚で夫婦となり家族となることもおかしな話です。血のつながりのない男女が、なぜ「家族」というお互いを縛り合う契約を結ぶのか。これこそ、「個人優先社会」には、一番不必要なものだと思います。
少し極端な意見を述べましたが、「思想」というものには、必ず「原理」というものがあります。日本の「武士道」でも、極論からいえば、有名な「葉隠」にあるように「武士道とは、死ぬことと見つけたり!」に行き着きます。こうした「原理」を追究しようとすると、社会の何もかもが許せなくなってくるのです。そして、妥協ができなくなり、自分で自分の身を滅ぼすようなことをしてしまうのです。それは、仏教でもキリスト教でも、イスラム教でも見られる現象です。今の「個人最優先主義」も同じような状況に陥る可能性があるということです。これを「基本」に考えると、「学校」は個人を大切にできない「組織」であり、30人の同世代の子供が「教室」という箱の中で、自分の能力に合わない学習を一方的に教わる「理不尽な場所」となります。やりたいこともやらせて貰えず、教師からの一方的な命令で動かされる子供に「自由」はありません。だから、学校は「軍隊のようだ」と言われるのです。それこそ、「個人を優先しない組織」ではありませんか。
それなら、早々に、現行の「学校制度」を廃止して、個人を尊重する「自由社会」を創るべきなのです。勉強をしたい者はする。したくない者は、したいことをする。何もしたくない者は、したくなるものが見つかるまで社会は待つ。それでも、何も見つからなければ、社会がそれを促すための機関を設ける。そして、人間が「幸福」だと思うまで周囲は支援を続けるのです。そうして、「人間が人間らしく生きられる社会」を構築すればいいのです。さて、これで、日本人、いや、世界の人々は、みんな「幸せな人生」を送ることができるのでしょうか。そんなことは、もちろん「あり得ません」。そんなことをすれば、人間はだれもが「楽な道」を選び、「困ったら社会に援助を求める」ことになるでしょう。そして、いつも言い訳は「自分探しの旅の途中です」と言えばいいのです。これは、文部科学省が言い出した言葉です。「自己実現」「自分探し」とは、便利で耳障りのいい言葉ですが、そんなことをしていたら、いつまでたっても何も見つからないことを賢い人はみんな知っています。最初から「幸せ」の保障があって、自分の人生の選択をするわけではありません。どうなるかはわからないが、「やってみたい!」という意思があって、チャレンジしていくのです。そして、途中で、挫折するかも知れませんが、それも「自分の選んだ道」として納得するのが「人生」なのだと思います。
人間は、非常に弱い「生き物」です。他の動物のように生まれてすぐに立ち上がることもできません。長い時間、親に守られながら少しずつ成長するしか方法がありません。その間、天敵に襲われたら為す術なく「死ぬ」他はないのです。それに、衣服を身に纏わなければ、寒さを防ぐこともできず、感染症にも非常に脆い肉体をしています。その上、内臓を守るべき肌も薄く、中の血管が見える有様で、少しでも傷がつけば血が吹き出るのですから厄介です。そんな「弱い」生物でありながら、この「地球上」の生命体の上に君臨できているのは、一重に「脳」が、他の生物を圧倒しているからです。そんな「人間」が、なぜ「心が強い」と思えるのでしょう。今の「グローバル」の考え方は、どんな人にも立派な「個性」があり、「一人で生きていける強さ」があると仮定しているように思えます。だからこそ「個人」を最大限に尊重し、「一人で生きていけるのだから、余計な干渉はやめてくれ!」と言っているように聞こえるのですが、間違っているでしょうか。これでは、まるで「野性の狼」になったかのようです。そういえば、人気テレビドラマに「群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器」という有名なナレーションがありますが、だれもが「そうなれる…」とでも言いたいのでしょうか。あの物語は、本当に「稀な天才」が主人公だから面白いのであって、社会は、「普通の凡人」でできているのです。それを、恰も、だれもが、自分の欲求にしたがっていれば、「稀な天才」になれるかのような生き方を勧める思想は、非常に危険であり、個人のみならず、国を滅ぼす元でしょう。
昭和の終わりころから、文部科学省は、しきりに「グローバル」という言葉を遣い始めました。そのころから、日本の教育の「迷走」が始まったような気がします。それでも、一時は「古典」の復活や「日本語」を大切にする教育が勧められましたが、いつの間にか「IT」や「英語」が最優先となり、「グローバル化の波に乗り遅れるな!」とばかりに、学校での指導内容に新しい項目が組み込まれて行きました。それは、教師にも子供にも、かなりの「負担増」となりました。「授業時間数」は増え続け、教科書は厚く大きくなり、その上「タブレット」と、子供のランドセルはパンパンです。教師もけっして「鬼」ではありませんが、国が方針を示し、言われたことを実施しなければ、教育委員会からお咎めがあり、さらには、保護者からの苦情やマスコミからの批判を受けることになるでしょう。したがって、「こんなにやりきれるわけがない!」と思いながら、自分の身を削って「新しい課題」に取り組まざるを得なくなりました。そして、学校から「ゆとり」が消えたのです。子供の「不登校」が増えたのは、そこにも原因があります。しかし、「お上」は自分の非は認めず、「おまえたちは、何をやっているんだ!?」と、何百枚を「通達」を出し、叱咤し続けました。その結果が、今の「学校問題」の発端なのです。
最早、国民は国に騙されなくなりました。調子のいいマスコミも、世論の風向きを見て「学校ブラック化問題」を取り上げ、政府を叩き始めましたが、後の祭りです。残念ながら、今の「体制」のままでは、教育の再生は不可能だと思います。しかし、それでも、文部科学省は「反省」できません。いや、できないと言うより「しない!」と決めているようです。そして、政府も他人事のように傍観しているばかりです。つまり、政治家にとって「教育」というものは、票にも結びつかない「どちらでもいい分野」でしかないのです。その証拠に、文部科学省は、各省の中でも一番力のない役所で、大臣も与党の有力政治家が就くことはありません。したがって、国会での答弁も「官僚任せ」の答弁に終始し、どんなに学校現場が苦しんでいても、大臣のコメントは冷静そのもので、当事者意識がまったくありません。前の文部科学大臣は、「年度当初からの教員不足」を野党から指摘されて、平気で「そのとおりでございます」と、顔色一つ変えることなく答弁していました。「子供は国の宝」と言うのだったら、そんな暢気な答弁ではなく、総理大臣クラスが出てきて「国の根幹に関わる重大事であると認識している」くらいのことは、言って欲しかったと思います。それなら、早々に国は「学校教育」を「民間」に委ね、国の補助金で運営してもらうようにした方が、何倍もいい教育ができると思います。このまま、学校の混乱が続けば、子供たちは益々自己管理ができない「糸の切れた凧」状態になって、社会の混乱に拍車をかけることになるでしょう。今の日本の教育は、「歴史上最低の教育」に陥っていることを自覚する必要があります。
4 自分を「管理・抑制」する力が、犯罪を減らす
最近、頻繁に報道される、いわゆる「闇バイト」なる凶悪犯罪は、それに応募する人間の「心の弱さ」に付け込む犯罪だということがわかっています。おそらく、主犯格の人間は、外国等から遠隔操作で都合のいい人間を集め、自分だけが「安全地帯」にいて「ことの成り行き」を眺めているのだろうと思います。それは、自分の手を直接汚さない「うまい手口」なのかも知れません。どうせ、応募してくる人間がどうなろうと知ったことではないでしょうから、使い捨ての「道具」でしかありません。要は、人間を「消耗品」だと思っているのです。逮捕された実行役は「強盗事件」の容疑者となり、「無期懲役刑」まで受けています。20代で刑務所に収監され、死ぬまで塀の中で暮らす人生って何なのでしょう。逮捕され、裁判を受ける段階になって「自分は、騙されていただけだ…」といった言い訳をしているようですが、どんな言い訳をしても「強盗事件」は重罪なのです。そんな容疑者にも家族があり、友人もいたはずです。顔をマスコミに晒され、名前や住所まで報道されれば、最早、刑を終えても正業に就くことは難しいと思います。マスコミは、簡単に「更生」という言葉を遣いますが、人間が罪を得て罰を受けた後に「更生」することは、これまでの人生の何倍もの努力が必要になるはずです。それが、できるくらいなら、最初から「危ない橋」は渡らないはずです。もし、一時の「気の迷い」で、怖ろしい重大犯罪に加わるとしたら、これまで、どんな経験をしてきたと言うのでしょう。いくら何でも「二十歳を過ぎた大人」が、小学生でも気づくような「怪しい誘い」が「わからない」としたら、やはり、それまでの「教育」に問題があったと反省しなければなりません。やはり、今の若者は「善悪」より「損得」で生きているのでしょうか。
それを考えると、本当に、子供は「守られる存在」だけでいいのか…という疑問が湧きます。よく「子供のしたことだから…」と、大人たちが庇い、物事の真実を明らかにせず「有耶無耶」にして終わらそうとしますが、それで、本当にいいのでしょうか。大人が弱くなれば、子供はどんどんと「大人の領域」に踏み込んできます。「叱れない大人」ほど、子供にとって都合のいい人間はいないでしょう。子供の屁理屈にもならない「言い訳」を鵜呑みにし、「おまえは、いい子だ…」ですませてしまえば、子供は反省をしなくなります。そして、その行動は次々とエスカレートしていきます。「いじめ」であれば、最初は「悪口を言う」から、次には「いたずらをする」、そして、「小突く」となります。そのうち、「殴る」「蹴る」などの暴力になり、最後には相手を「死ぬ」ところまで追い詰めて行くのです。なぜ、そうなるかと言えば、彼らには「自分を管理する能力」もなければ、「自分の感情を抑制する能力」もないからです。昔は、親や教師から「我慢・辛抱」ということをしつこく言われました。やり始めたことをすぐに飽きてしまうと、「なんだ、それくらいの我慢できんでどうする…?」と言われ、「何でも辛抱しておれば、何とかなる!」と教えられました。それが、今では「子供に我慢させなくても…」と親が手を出し、「嫌なら、学校に行かなくてもいい…」と、戦うよりも逃げることが「賢い」と教えます。
それが、一面「正しい」場面があるので、すべてを否定することはできませんが、これが「公」になると、だれしも「免罪符」を得たような気持ちになり、戦う道を放棄してしまうのです。最初は、もちろん「子供を守るため」だったのでしょうが、いつの間にか、それを子供に利用され、大人は常に子供に「逃げ道」を用意するようになってしまいました。その理由が「子供の心に傷をつけてはいけない」という理想論です。それなら、大人は傷ついてもいいのでしょうか。逆に「傷のない」まま、大人になる方が怖いくらいです。多少の「心の傷」は「勲章」ぐらいの気持ちでいた方が、何にでも挑戦できると思うのですが、あまり「危機回避能力」ばかり磨くと、「何にもできない・しない」人間になってしまいそうです。子供は、大人が見ているほど「愚か」でも「幼く」もありません。じっと身近な大人を見て「観察」しているのです。それは、本能に近い感覚で、「こいつは、弱いかな?」「強いかな?」という基準は、怖ろしいほどに当たっています。「強い」ことが認識できると、「この人は、自分を守ってくれる人だ」と信頼して、話をよく聞くようになりますが、「弱い」と認識すると「こいつは、いざとなれば逃げる奴だ」と諦めるか、ばかにするかのどちらかの行動を採るようになります。そんな「弱い」大人が、いくら注意をしても、口先で誤魔化され、「何か、証拠でもあるのかよ?」「出してみろよ!」と上目遣いに毒舌を吐かれたら、弱い大人はどうすると思いますか。それで、怒りの感情が湧く大人は、まだ救いがあります。しかし、多くは、その姿におののき「背筋が凍る」恐怖心を抱くはずです。子供のそんな眼に「恐怖」を感じてしまうのです。「子供を守ることが善である」と考えていた大人が、子供によって「恐怖」を味わわされることを想像してみて下さい。それは、きっと「この世の終わり」を感じると思います。それが、「今の時代」に実際に起こっているのです。
では、これを防ぐにはどうしたらいいのでしょう。それは、今の「グローバル化」を早く捨て去ることです。そして、極端な「人権意識」や「個人尊重」の風潮を止めるべきなのです。これまで、世界の「グローバル化」を目指してきた国は、どこも移民問題を抱え国内情勢が危うくなってきています。「原発反対」を唱えながらも、ロシアから天然ガスの供給が止まると、結局は「原子力」に頼らざるを得なくなっています。そして、国内政治も混乱し、強い「保守派」が台頭するようになってきました。先日のアメリカ大統領選挙においても、「グローバリズムの推進派」だった民主党のハリス副大統領が、圧倒的大差で前大統領だった「トランプ氏」に敗北しました。日本のテレビは、ずっと民主党の「ハリス氏」を応援し、毎日のように「接戦」を報じていましたが、素人から見ても、何の実績もない「ハリス氏」と、安定した4年間を創った前大統領の「トランプ氏」では、その「信頼度」には、雲泥の差があります。それでも、テレビ業界は「ハリス氏」を押すには、それ相当の理由があったのでしょう。
結局、大差で「トランプ氏」が勝利しましたが、それでも、テレビ評論家たちは、挙ってこれに首を捻り、今尚、「トランプ氏の政治が間違っている…」とでも言いたげな論評を加えています。本当に、(今のマスコミは、自分たちの利益を守るために必死なのだな…)と思います。実際、アメリカ国民の「民意」が示されたのに、他国の人間が、自分の意に沿わないというだけで「公共電波」を使って反対論を唱えるのはどうなのでしょう。「選挙」という民主主義の手続きにしたがって当選した次期大統領を悪し様に言う姿勢は、日本の「恥」になるという感覚がないのでしょうか。もちろん、トランプ氏は「グローバリスト」ではありません。この選挙は、これからの世界の流れを変えるきっかけになるような気がします。しかし、ずっと「グローバル化」の波に乗ってやってきた業界は、そんな体制が変わるのは死活問題なのでしょう。「教育」の世界も、そうした世界の流れに乗って進めて来ましたので、もし「方針転換」となれば、また、混乱するかも知れません。それでも、「普通の教育」に戻るのであれば、一時の混乱はやむを得ないと思います。
私自身も極端な「保守派」ではありませんが、偏りのない眼で「真実」を見極めたいと考えている人間です。「歴史は勝者が創る」のたとえがあるように、今の日本の歴史は、明治維新後に創られた「富国強兵政策」の一環でしかありません。明治維新政府は、敗者である「徳川幕府」そして「江戸時代」を全否定することでしか、「近代」という新しい時代を創ることができなかったのでしょう。そして、大東亜戦争の敗戦後は、戦前のすべてを否定し、新しい「日本」を創ろうと企んだ勢力が、占領国軍(GHQ)と組んで、改革を推し進めたのです。その結果、今の日本の原型が出来上がりました。そして、日本の「家族制度」を破壊し、国家そのものを消滅させようと企んだのです。それが、今の世界の混乱を招いていることに早く気がつくべきでした。日本の「学校教育」が、ここまで病んでしまったのも、そうした流れの中で意図的に仕組まれた計画の中にあります。おそらく、「夫婦別姓」は「戸籍制度」の破壊につながっていくでしょう。「女性天皇」は、「皇室」の破壊につながります。そして、「学校教育」が壊れれば、日本社会はさらに混乱し、グローバリズムを利用している勢力に飲み込まれるに違いありません。それが、アメリカなのか中国なのか、ロシアなのかはわかりませんが、日本が日本でなくなることは確かです。しかし、日本でも、これまでの「グローバリズムはおかしい」と考える人たちが、政治の世界にも現れ、新しい政治が生まれようとしています。それは、アメリカに再度「トランプ大統領」が誕生したときから始まるはずです。
子供は、「大人を映す鏡」です。大人が、正常に戻れば、子供は自ずと落ち着きを取り戻すはずです。大人が、自分の行動を振り返って反省し「正直」で「まじめ」に働き、「自分の先祖を敬う」気持ちを持ち、「日本」と「日本の歴史」を愛し、誇りを持って子供に語ることができれば、子供は「道」を違えることはありません。日本人の「道徳観」は、今でも世界の国々の憧れになっています。日本に来た外国人は、自然の美しさだけでなく、「人々の生活そのものが道徳性に溢れている」ことに気づかされると言います。常に礼儀正しく、親切で正直な国民性は「お金」には替えられないのです。今、これまでにない犯罪が起きているのは、日本人が、自分の生き方に「自信」が持てないからに他なりません。それは、物事を「損得」だけで考える人が増えたからでしょう。「勝ち組・負け組」という言葉が一時期流行しましたが、それは、単に「おかねがあるか・ないか」の問題に行き着きます。そんなことを考えるのは、本来の「日本人」ではないはずです。昔から「武士は食わねど高楊枝」という洒落た言葉がありましたが、これこそ、「何もなくても、人としての誇りだけは失うまい!」という「日本人の意地」でもあったのです。それを「美しい」と感じる感性があるからこそ、日本人は「日本人」として生きられるのです。そうした「生き様」を大人に見せられた子供は、けっして犯罪などに手を染めることはありません。
5 「自信」が持てない人間に「教育」はできない
日本のマスコミや左翼政治家は、「人に優しい政治」をすれば、だれもが幸福になれるかのように言いますが、キャッチフレーズはともかく、一見「優しい政治」ほど、怪しいことはありません。このところ、ずっと続いている「特殊詐欺」は、「日本人の優しさ」に付け込んだ「詐欺師グループ」の組織犯罪であり、主犯はやはり「遠隔操作」で人を操る卑怯な連中でした。昔の教育を受けたような「人のいい高齢者」をねらい、「涙声」で切々と窮状を訴え、そこから同情を買って金品を掠め取るあくどい手口で、多くの日本人を泣かせてきました。この「優しさ」という言葉には、「悪意」が潜んでいることを、今の日本人は学んでしまったのです。どうして、こうした「悪」に手を染める人間が生まれるかと言うと、そこには、社会の「道徳観」が廃れてきたからに他なりません。「悪いことをしても、金を持っている奴が勝ちだ!」とでも言うような、損得勘定だけの「勝敗」を競うような社会は、人間を弱体化させます。子供の世界でも、この「弱肉強食」の論理が罷り通るようになり、「弱い奴は、いじめてもいい」といった「弱者切り捨て論」が蔓延るようになりました。それは、子供自身が、大人たち(社会)から学んだ結果なのです。
今の日本で、自分に「自信」を持って生きている人は、どのくらいいるのでしょう。昭和のころまでは、「幸せの方程式」があり、その流れに乗りさえすれば、ほどほどの幸福感は味わえたのです。たとえば、「一生懸命勉強すれば、幸福になれる」とか、「真面目に働けば、幸福になれる」など、「こうすれば、こうなれる」といった論理は、それなりの説得力を持ちました。しかし、令和の現在、そんな「方程式」はどこにもありません。たとえ、有名な大企業に入社できても、中高年になれば、いつ「リストラ(馘首)」されるかわかりません。その業界が衰退すれば、しわ寄せは、すべて「従業員」に回って来るのです。最近でも、大企業がリストラを発表し話題になりました。昭和の頃なら、「いい会社に入ったから、定年まで安泰ね…」などと言った「約束」は、最早、反故にされました。大学を優秀な成績で卒業し、国の「官僚」になっても、愚かな政治家の風下に置かれ、天井知らずの「残業」に追い込まれ、安い給料でこき使われるのですから、「学歴って何?」という疑問が湧いてきます。超難関の国家資格である「司法試験」に合格し、弁護士資格を得ても「軒先弁護士」では、安定した生活はできません。世間では、「先生、先生…」と呼ばれても、それに見合う報酬がないのです。そうなると「国家資格って何?」という疑問が湧いてきます。さらに、「勉強できるなら医者になれ」と言われ、必死に勉強して大学の医学部に入り、医師になっても、「勤務医」では忙しいばかりで、やはり報酬は期待できません。やっとの思いで「開業」しても、医院(クリニック)は街中に溢れ、余程のことがない限り「黒字経営」にはならないのです。
結果、今の日本に「幸福の方程式」はなく、先行き不透明な時代の中で、精一杯「足掻く」しか生きる道がないとしたら、だれが「自信」のある生き方ができるのでしょう。こうした辛く厳しい社会の中で揉まれていると、人間は次第に「卑屈」になって行きます。「どうせ…、何をやってもうまく行かない…」「もう、こんな生活は嫌だ!」となったとき、人間は、何とか保とうとしてきた「自制心」まで失いかねないのです。「闇バイト」に応募して逮捕された大学生が、その動機を聞くと「借金があって返せない」とか、「生活のために、少しでも多く稼ぎたい」などの切実な問題が見えて来ます。それが、「大学生」や「会社員」「保育士」などの肩書きを持つ人間も多く、それが、また、社会に衝撃を与えました。これまで、真面目にこつこつと働いて来た普通の人間が、ある日突然「強盗犯」になり、数十年、若しくは「無期」の懲役刑か「死刑」になるのですから、まさに「天地がひっくり返る」思いでしょう。彼らの多くは「実行犯」と呼ばれる末端の「消耗品」なのです。ここまで極端ではないにしても、こうした社会で「自信を持て!」と言われて、顔を上げられる人がどのくらいいるのでしょう。もちろん、反論される方はいるとは思いますが、今の日本人から「自信」という言葉は浮かびません。
しかし、それでも「教育」には、「自信」が必要なのです。大人になると、みんな忘れてしまいますが、子供時代には将来への「夢」があります。それは、人生経験を積んだ大人には、あり得ないような「夢物語」かも知れませんが、大リーグで活躍している「大谷翔平選手」のような自信に溢れた人に憧れを抱くものです。子供時代は、その能力は隠されていて、どんな「才能」があるのかわかる人はいません。それは、常識的であればあるほど、凡人であればあるほど見えにくいものです。たとえば、学校に非常に「適応」できる子供がいたとします。一体、彼は大人になったとき、どんな「夢」を叶えているのでしょう。逆に、学校には適応できず、たとえば「不登校」が続いていた子供は、大人になったとき本当に「不幸」な人生を送っているのでしょうか。そんな「方程式」は、どこにもありません。つまり、学校に適応できる子供は、協調性があり、周囲への忖度が上手で、勉強もそこそこにできます。しかし、そんな子供でも「悩み」を抱え、苦労をしているものなのです。逆に「不登校」の子供は、周囲の期待がわかるだけに、それに合わせようと苦悩を抱えているのかも知れません。しかし、自分の性格が「集団向き」ではないとしたら、なかなか「学校」という枠に嵌めるのは気の毒です。そうした「個性」があるからこそ、人間は「夢」を描くことができるのです。何度も言いますが、明治以降の「富国強兵政策」は、国民に「没個性」を求めました。そして、戦後の日本も「国の復興」のために、人間の「個性を認めない」教育を推し進めてきたのです。
しかし、「個性」というものは、家庭や学校の教育でどうなるものでもありません。やはり、強烈な「個性(特性)」を持つ人間は産まれます。戦後の「没個性化」の時代でも、多くの芸術家や作家、企業家等を生み出しました。もちろん、その多くは「戦前」の教育を受けた人たちです。一般国民は、やはり、社会に迎合しなければ生きていけない時代ですから、個性というか「らしさ…」を出そうとすると、社会から弾き出されるのが常でした。それでも、それを「理不尽」と思って戦う人間は出て来るのです。学校でいえば、昭和の後期の「荒れ」などは、そんな抑圧された少年たちの「怒り」の表現だったように思います。産まれてから、ずっと「ああしなさい、こうしなさい!」と命令ばかり受けているのですから、普通の子供は従順にならざるを得ません。もちろん、納得しているのなら、それでもいいのですが、そんな「大人」に反発する子供がいても不思議ではありません。子供らしい本能は、やはり「自分らしさ」を表に出したいのです。しかし、結果だけを見れば、バブルが弾けた「昭和」と共に、学校教育も変わればよかったのです。当時の大人たちは「高度経済成長の夢」が忘れられず、これまでと同じ方法で「夢をもう一度」と、足掻きましたが、「経済成長」に舵を切った隣の「中国」に利用され、日本の技術も人材も国内から流出し、「日本の凋落」が始まったのです。日本人の「甘さ」を上手く利用した中国の政治家は、それだけ賢かったと言うことでしょう。日本人も少しは「孫子の兵法」を学ぶべきでした。
それでも、高度経済成長が続いている間は、社会に上手く適応した人たちは、個性を「真面目さ」に変えて、上から指示されるままに一生懸命に働きました。それが、一般庶民が「成功」を掴む唯一の手段だったのです。そして、程々に結果がでれば、それが「自信」となり、「俺は頑張ったんだ!」という誇りを持つことができました。そして、その「程々の幸福感」が、多くの「中流階級」を生み、日本社会を豊かにしていったのです。それが、昭和末期に「バブル崩壊」以降、日本人に「程々の幸福感」を味わえる機会は訪れませんでした。それでも、「同じ夢が、また見たい」と思う国民は、やはり、同じように一生懸命に働きましたが、平成、令和と続く中で、そんな「幸福感」は二度と訪れることなく、「絶望感」だけが残ったのです。それは、日本の企業が「社員の幸福」より「株主の幸福」優先に変わったからです。政治の世界でも、企業の論理に合わせて、国内産業が外国に移転しても「税収」が増えればよしとしました。それが、内需を冷え込ませ、労働者の賃金を抑制した原因です。今の日本では、労働者は、企業が自由に使える「道具」でしかなく、いつでも「リストラ(馘首)」できる道具なのです。そして、「派遣・契約」と続く雇用形態が、正社員を減らし、次には「外国人の雇用」「ロボット・IT化」へと進んでいます。したがって、日本人がもう一度「程々の幸福感」を味わう時代は二度と訪れないと思います。それで、日本人に「自信を持て!」と言う方が無茶なのです。
もし、日本人が「自信」を取り戻したければ、それは「武士道」の世界に戻る必要があります。今の社会に蔓延る「損得主義」を捨て、「世のため・人のため」にこそ生きようとする「武士の道徳」に立ち返るしか方法はありません。そして、自分自身の「知識と教養」を高める努力をすることです。今の日本にもそうした人たちはいます。正月にも能登半島で大地震が発生し、町は悉く破壊されました。そして、十分な支援が行われないまま、能登地方の人々は必死に復興に立ち向かっています。先日も、沖縄や奄美地方で「線上降水帯」が発生し、洪水や土砂崩れで現地の人々が苦しんでいます。そうしたときに、多くの「ボランティア」が集まり、支援活動をしている姿をテレビ画面等で拝見します。あの人たちは、まさに「損得勘定抜き」に活動をしている人々なのです。それを眺めながら、「そんなことをして、何の得があるんだ?」と嘯く人間もいるでしょうが、彼らには、それを行ったという「自信」と「人の役に立てた」という「誇り」が生まれているはずです。こうした人たちに教育を任せることができたら、日本の教育は再生できるでしょう。
6 戦後教育の終焉
「どんな体制も、80年で崩壊する」と言う人がいるそうですが、確かに、今の日本は、間もなく「戦後80年」を迎えようとしています。明治維新後の「日本」も80年で敗戦を迎えました。そして、同じ年数が経過し、日本も大きく変わる時期が来ているのかも知れません。社会体制から見ると、昭和の時代から続いた「経済成長」は止まり、政権与党であり続けた「自民党」も、安倍晋三元総理の暗殺による死後、一気に左翼政党に変化し、ここに来て崩壊しようとしています。本来「保守」で始まった政党も、損得で動く政治家には勝てなかったということでしょう。それは、国民の信頼を裏切ることになり、今回の衆議院議員選挙では惨敗してしまいました。しかし、それに替わるべき野党も、これといったビジョンを示すことができず、国家公務員である「官僚」に実権を握られている有様です。これでは、いくら「政権交代」を叫んでも、ついてくる国民はいないでしょう。まして、アメリカに「反グローバリスト」のトランプ氏が再び大統領になることが決まり、ここまで、「グローバル化」一辺倒で進んで来た日本の政治や経済も、変革を余儀なくされるはずです。「日本は、黒船によってしか変われない」という意見もありますが、トランプ大統領の再登板は、まさに、日本が変わるチャンスなのかも知れません。
もちろん、それに反対する勢力はありますが、国民がどちらについて来るかは明白です。SNSがテレビを凌駕する時代になり、左翼も国民を誘導する装置を失いました。今や、テレビ業界も風前の灯火でしょう。新聞や雑誌も廃刊の危機を迎えており、80年間、日本をリードしてきた勢力が「力」を失い、間もなく消えようとしています。どんな企業でも、経営が傾き始めると「優秀」な社員は、どんどんいなくなり、意識の低い社員だけで何とかしようと足掻きますが、結局は、どれも「付け焼き刃」でしかなく、国民の心に訴えかける思想も技術もなく見放されていくのです。「教育」も実は、同じようなことが起きています。現在のように、教員人気がなくなり、採用倍率が低下していくと、まず「学力の高い」教員を採用できなくなります。30年程前に小学校の競争倍率が「10倍」近くまで上がったことがあります。こうなると、国公立大学の卒業生でも一回での合格は難しく、一年間「講師」で勤務した後、再度挑戦するようなことがありました。中には、二度、三度と挑戦して敗れ、民間企業に職を求めた人がいたほどです。こうした人たちは、まず「基礎学力」が高いので、どの学年でも任せることができました。しかし、競争倍率が「2倍」程度では、そんな贅沢は言えません。多少、「学力に難」があっても採用せざるを得ないのです。
もちろん、教員は「学力だけ」ではありませんが、どの学校にも偏差値の高い「私立中学校」を受験するような子供がいるものです。そして、授業に「工夫」を凝らすには、小学校でも「中学校レベル」の指導技術がなければ、面白い授業はできません。それに、授業は「子供との知恵比べ」でもあるのです。知らない人は「一方的に講義しているだけだろう…」と思うかも知れませんが、そんな授業を小学生が喜ぶはずもないのです。子供が興味を持って「眼を輝かせる」授業を行うには、かなり高度な知識が必要なのです。それが、今のありさまでは、若い教員にそんなことを期待するのは無理でしょう。そして、ベテラン教師が次々と退職し教壇を去って行くとなると、日本経済が中国に進出した後、国内産業が「空洞化」したときと同じ状況に陥るはずです。それは、まさに、「国力の低下」に拍車をかけるだけなのです。財務省の官僚は、こんな状態になっても教育に予算をかける気持ちはないようです。文部科学省も、現実は認識できていません。おそらくは、「妥協の産物」のような改善案しか出ないでしょう。そして、本当に学校教育が崩壊し、社会が混乱して初めて手を打つのでしょうが、そのときには、優秀な教員は、何処にもいないことになります。「戦後80年」。いよいよ、戦後教育体制が終焉を迎えるときが来たようです。
コメントを残す