今、日本の教育は大きな「転換期」を迎えようとしています。日本の教育は、一度、明治維新後に大きな転換を強いられました。徳川幕府が崩壊し、戊辰戦争を経て「明治」という新時代を迎えたからです。長かった武士の時代が終わり、日本も新しい「近代国家」として生まれ変わるために、明治政府は「富国強兵」政策を掲げ、そのための教育を開始しました。それが「学制」の発布であり、近代学校教育の始まりでした。そして、明治以降に教育を受けた人々は、自分の個性を抑制し、国家のために「忠誠」を尽くすことを求められたのです。もちろん、この改革を否定するものではありません。当時の「帝国主義」時代を考えれば、明治政府の採った教育制度が間違いだったということはできません。少なくても、国民すべてに「教育を受ける」機会を保障し、だれもが立派な「兵隊」や「産業戦士」になることができたのですから、国の政策としては「成功」でしょう。そのお陰で「国民皆兵制度」が確立し、日清・日露戦争に勝利し、取り敢えず「帝国主義」の侵略は回避することができました。そういう意味では、「明治維新」という革命は成功だったのです。ところが、その新しい教育改革も「50年」も過ぎると、多くの課題が表面化するようになってきました。
時は、大正時代に移ります。明治時代に整えられた教育制度は、「富国強兵」のための教育制度であり、純粋な「日本国の発展」のための教育ではありませんでした。簡単に言えば、欧米列強からの「侵略」を阻止するための教育であり、何が何でも近代化することが、明治政府の急務だったからです。つまり、国民の「幸福」は二の次に考えられていたのです。いや、二の次というより「考えていなかった…」といった方が正確かも知れません。田中正造の「足尾鉱毒事件」などを見れば、国の施策の前には「公害問題」など問題にもならなかったのでしょう。全国各地で起きた炭鉱の落盤事故など、人の命など本当に「軽い」ものでした。それでも、日本が工業化することによる「恩恵」が国民にも享受されたことも事実です。外国との交易が盛んになれば、日本の民間産業も海外に市場を持つようになります。それは、「新しい文化」が日本に入ってくることでもありますので、国がたとえ「富国強兵」一辺倒でも、それなりに文化は発展していきました。そもそも、日本人は「好奇心」旺盛な国民性を持っていますので、海外の文化の吸収力は凄まじいものがあったようです。日本製品や絵画が外国に出て行くと、ヨーロッパなどでは「ジャパニズム」なる流行が訪れました。つまり、日本の江戸時代までの文化は、「世界一流」のレベルまで達していたことになります。ただし、日本人でそれに気づく者は少なく、教育においては、なかなか、欧米の考え方には馴染まなかったのも事実です。
日清・日露戦争、第一次世界大戦と「戦勝国」になった日本は、その「成功体験」が忘れられず、第一次世界大戦後、世界が「軍縮」に入ったにも関わらず「軍備拡張路線」から転換することができませんでした。確かに軍需産業の発展は、他の工業もそれに付随して発展していきましたが、「国民のため」という目的を忘れ、「軍事強国日本」を目指す「軍事大国路線」から逃れる知恵が、その時代の政治家や軍人にはありませんでした。国の方針の中心が「軍事優先」では、国民の生活は、なかなか豊かにはなりません。大東亜戦争(太平洋戦争)開戦時においても、日本と米英の国民の生活レベルは、比べようもないほど日本は貧しかったのです。軍事力は、ある程度までは近づくことはできましたが、国力としては「1対10」いや、それ以上の差があったはずです。この国力差では、いくら軍事力を付けても戦争に勝つことはできません。ならば、何処かで方針転換を図るべきだったのです。残念ながら、たった一度だけ訪れた「大正期」の「軍縮」の機会を自ら失った日本は、大東亜戦争(太平洋戦争)の敗戦に至るまで、その路線を変えることはできませんでした。一度の「成功体験」が忘れられず、もう一度同じ夢を見るのは、戦後の「高度経済成長」時代も同じです。平成の頭にバブルが弾け、それ以降は日本は間違いなく「停滞期」に入ってしまったのに、令和の時代になっても相も変わらず「経済成長」ばかりを追いかけるのは、あまりにも愚かというものです。それも、「グローバル化」と言われる欧米の経済戦略に乗せられ、工場を海外(主に中国)に移転させてしまったために国民は仕事を奪われ、日本の国内産業は疲弊して行きました。さらに、今では、その中国の台頭が世界秩序を乱し「グローバル化」は風前の灯火です。そのためか、日本の多くの企業が外国資本の傘下に入る始末です。これも政治家や経済人が、目先の「夢」を追いかけた失敗例でしょう。
結局、軍事強国を目指した結果が大東亜戦争(太平洋戦争)の敗戦です。300万人にも及ぶ死者(犠牲者)を出して、日本の「軍事大国化」の夢は破れました。しかし、それでも、日本は明治維新以後の「教育」を根本的に変えることはできませんでした。学校制度そのものは、アメリカ教育使節団の勧告に基づき、6・3・3制を初めとして大きな改革を進めましたが、それが、「戦前より優れた教育制度だったか…?」と問われれば「?」の部分の方が多いように思います。そもそも、GHQによる占領期に定められた教育制度が、純粋に「日本人の健全育成」のためであるはずがありません。占領国軍にとって「都合のいい教育」を施すために作られた制度で、占領国軍の人間が、「日本人」のことを考えて作るはずがないのです。その証拠に、「大東亜戦争」の名称すら「太平洋戦争」に書き換えられ、東京裁判と呼ばれた「軍事裁判」で占領国軍に都合のいい歴史が創られ、多くの日本人が処刑されたことから見ても、「教育」だけが、純粋であるはずがないのです。それを、令和の時代に入っても後生大事に守っている日本という国は、世界から見れば「おめでたい」人々なのでしょう。ここに来て、「学校ブラック化問題」が表面化しましたが、こうした問題が噴出する理由としては、戦後の教育に問題があるからです。今ごろ、アメリカの政治家たちは、そんな日本の混乱を見てほくそ笑んでいるに違いありません。日本人は、早くそのことに気づき、本当の「日本の教育」を取り戻すべきなのです。そのためには、もう一度、大きな「改革」の機運が必要なのかも知れません。そこで、私なりの「新しい学校像」を提案したいと思います。
1 「6・3・3制」の廃止
今の日本の学校教育制度を「6・3・3制」ですが、義務教育だけで見ると「6・3制」です。しかし、現在の日本では、この義務教育だけでは社会に出ることは困難だと考えているのか、ほとんどの生徒が「高等学校」を受験して進学していきます。それも、高等学校の多くは「普通科」と称される「高等普通教育」を学ぶ場で、目的はさらに上の「大学進学」を目指すことが目標です。これだけ見ていると、「日本人は、なんて学習意欲が高いんだ?」と思われるでしょうが、実質は、一部の生徒を除いて学習意欲は高くはありません。実際の高等学校の授業を参観しても、未だに教師の「一方的」な講義方式が主流で、生徒は「つまらなそう…」に聞いているか「寝ているか」のどちらかで、活発な意見交換や質問が飛び交うような場面に出くわしたことはありません。(もちろん、一部の参観でしかありませんが…)これは、大学での講義も同じで、日本の生徒や学生は自分の意見を述べたり、教師に質問したりすることが不得手なようです。そのくせ、社会は「グローバル化」を推進し、パソコンだの外国語だのディベートだのと外国人と対等に「競い合える人材」を育てようとしていますが、肝腎な日本の若者は、そんな政府や経済界の思惑には無頓着なようです。そうだからと言って、日本の若者が「だめ」なのかと問われれば、けっしてそんなことはありません。
今の若者は、子供のころから何かしらの「習い事」を経験しており、英語やパソコンに精通している者も多く、だれに言われたわけでもないのに、「自分らしさ(個性)」を発揮しようと努めています。もちろん、学校時代は、さほど目立つ生徒や学生ではなくても、学校を離れた場所で「自分」というものを見つけているのです。それは、今の時代は学校だけが「情報」を獲得できる場ではなく、インターネットを活用した「情報収集」は、大人以上に関心が高く、既成概念に囚われない柔軟な思考をする人が多いようからだと思います。ただ、「その他大勢」の中には、大人や社会が敷いたレールに乗り続け、自分を見失う人間もいるようですが、学校の教師や親の話を「鵜呑み」にしない若者が増えたことだけは確かなようです。知能の高い学生などは、大学に在学中から「起業」して、自分の知恵と努力で社会に立ち向かっている者も多く、有名企業や官僚への就職などには、まったく興味を示しません。官僚や大企業の社員になっても「年収」はたかが知れています。起業をして成功すれば、一躍「時代の寵児」にだってなれるのです。まあ、彼らはそんなことより、「自分の能力を試したい!」という方が強いのだと思います。今の最先端技術の「AI」などは、大学等で学習した程度でどうなる技術ではなく、やはり、子供のころから興味関心を持った優秀な若者だけがチャレンジできる世界でしょう。そうなると、既存の「学校制度」は、彼らにとってはほとんど意味を為さないことになります。どうせ、「つまらない講義」を聴くくらいなら、自分でパソコンを駆使して学んだ方がずっと効率的なのです。
そうであるならば、最早、あまり教育効果のない「6・3・3制」を廃止しても、社会に混乱は起きないように思います。どうも日本人は一度の「成功体験」で、それを「永遠のもの」と勘違いする傾向が見られますが、未だに戦後の「高度経済成長期」に上手くいった制度が、半世紀以上経った今でも通用すると考えているところが「?」なのです。あの時代は、コンピュータもインターネットもなく、何もかも「アナログ」の時代でした。碌な機械もなく「人の手」だけが頼りだった時代です。その「製品」自体も構造的には単純な物が多く、少し技術を覚えれば中卒程度の若者でも製品を造ることができました。工場内は、ガチャガチャ…と大きな機械が唸りを上げて作動し、従業員はひたすら「マニュアル」に則って、自分の工程を「正確」に熟せばいいのです。こうした作業に従事する社員には、その「マニュアル」を理解する能力と何時間でもその単純労働に「まじめ」に勤務できる能力が求められており、彼らに「深い思考」や「個性」は不必要なものでした。この能力を育てるためには、「6・3・3制」の縦割りの「同質な教育」が必要だったのです。それを未だに踏襲しているからこそ、子供たちは学校の教育に飽き足らず、別な場所で自分を見つけようとしているのかも知れません。実際に学ぶ「少年・青年」が「つまらない」と感じている学校で何を教えようとも、子供の関心が学校に向くことはないでしょう。文部科学省は、未だに学校の「不登校」を問題にしていますが、子供にしてみれば、「そんな魅力のない学校なんか、つまらないから行きたくない!」と思っているのでしょう。いくら、国が「義務教育だ!」と叫んでも、教育を受ける側の子供には関係ない話だと思います。
今の子供たちが望んでいる教育は、「自分のやりたいことを学べる教育」なのです。そう言うと、大人はすぐに「子供のやりたいことばかりさせていたら、ばかになる!」と言いますが、子供は大人が考えるよりずっと「未来」を見ています。大人は過去の思い出ばかりに眼を向け、新しい世界を知ろうとはしません。だから、子供の未来が見えないのです。子供の言う「やりたいこと」とは、文部省が定めた「普通教育」ではありません。考えてもみてください。子供には「個性」があります。子供なりに「自分がやってみたいこと」は、大人以上にたくさん持っているのです。手先の器用な子供は、工作やデザイン、手芸などを好むのかも知れませんし、星に興味のある子供は、天体観測がやりたいのかも知れません。運動の好きな子供は、もっと外でサッカーをしたいと思うでしょう。そうした「子供の興味関心」に沿った教育ができないものでしょうか。高度経済成長期の残像の残っている大人たちは、すぐに「そんなものに夢中になってどうするんだ?」と端から子供のやる気を削ぐような発言をして、子供の意欲を減退させてしまいます。そして、二言目には「勉強しろ!」と言い、「いい高校、いい大学に入れ!」と叱咤しますが、そんなものは既に「過去の遺物」なのです。では、「どうすればいいんだ?」という話になりますが、簡単なことです。単線型の「6・3・3制」を廃止して、複線型の「6・3制」にすればいいのです。最後の高等学校の「3年」は、義務教育ではないのですから今のように「100%」である必要はありません。
2 「6・3制」の複線型教育制度
これは、昭和20年までの日本の学校教育制度を真似た制度になります。そう言うと、多くの国民は、「ひどい、戦前回帰だ!」と大批判をすることでしょう。しかし、よく考えてみてください。確かに戦前の日本は、帝国主義の列強の目の敵にされて戦争に追い込まれ、敗戦の憂き目を見ました。それは、国としての「政策」の誤りであり、日本人として反省すべきことは多いことは認めます。しかし、戦争とは関係のない「教育制度」まで、何の検証もされないまま否定してしまっていいのでしょうか。「過去の歴史はすべて悪だ!」と言ってしまえば、日本という「国」を否定することになります。自分の国の歴史や文化、先祖が創り上げてきた国を現代人が易々と否定していいものなのでしょうか。そんなはずがありません。「いいものは、いい!」「悪いものは、悪い!」という検証が必要であり、すべてを「否定」して、何かを生み出そうとするのは如何にも乱暴であり、そんな議論には与しません。今の子供たちも私の意見に賛成すると思います。私は、今のような「単線型」の「普通教育」一辺倒の教育より、戦前のような「複線型」の「普通・専門教育」混合型の方が理に適っていると思います。
戦前の学校教育は、小学校(尋常小学校・国民学校)を卒えるとそのまま「高等科(2年)」に進む子供がほとんどでした。義務教育は小学校6カ年ですが、中学校課程の基礎を高等科で学ぶことができたのです。そして、多くの子供は14歳で「学校教育」を卒え、社会人として働き始めました。上級学校である「中学校」「商業学校」「工業学校」「高等女学校」等に進学できる子供は少なく、学業が優秀だけでなく、家庭の経済力があって初めて進学が許されました。もちろん、入学試験を突破しなければなりません。しかし、家庭が貧しい子供でも、優秀な子供は「官立」の学校に授業料免除で進学することも可能でした。たとえば、「師範学校」は教師を養成する学校ですが、国としても子供の「教育」に携わる教師をかなり優遇していました。全寮制ですが、「官費」でほとんどが賄われるために、貧しい家の子の目標になっていました。さらに、「軍」関係の諸学校は「学校」というより、そのまま「軍人」になるわけですから「学校」という種別に入るかは疑問がありますが、「陸軍幼年学校・士官学校」「海軍兵学校・機関学校・経理学校」などは、将来の軍隊のエリート養成校ですから、全国の優秀な中学校生徒は目標にしていたようです。陸軍では、そうした国民の生活事情を勘案して早くから「少年兵制度」を設け、下士官養成を行っていましたので、子供たちの進路選択は多くあったと言えます。
このように、小学校を卒えると、今のように全員が「中学校」に進学するのではなく、自分の能力や個性、家庭の事情等に応じた進学先が用意されていました。もちろん、現代のような高い進学率を誇っていたわけではありませんから、「進学できる」だけで幸せだったろうと思います。しかし、今の日本なら高等学校にほぼ「100%」の子供が進学できるのですから、小学校5年生で「進路選択」を行い、6年生で「準備段階」に入り、中学校から「選択」して「自分のやりたいこと」ができる学校を選ぶべきだと思います。たとえば、さらに普通教育を選びたければ、これまでと同じ「普通科」に進学して大学進学を目指せばいい。その普通科にも「理系・文系」と別れて学べる専門課程を設けます。その方が、「取り敢えず、大学に入れればいい…」といった学生はいなくなるはずです。他にも「外国語科」「情報科」「工業科」「商業科」「農業科」「漁業科」「調理科」「スポーツ科」などの「専門中学校」を設けて授業を行うのです。どの学校でも「実習」が多くなり、座学中心の普通科より魅力ある学校ができるような気がします。そうなると、子供たちは眼を輝かせて学習に取り組むのではないでしょうか。
中学校を卒業した生徒は、既に専門教育を受けていますので、高等学校もそれに応じて改編していく必要がありますが、既に「専門高校」がありますので、これまでの「普通科」の多くを「専門高校」に替えるだけで新しく設置する必要はありません。但し、そこで指導する教師の「免許制度」を改める必要がありますが、「専門教科」であれば、民間企業等から転職を受け入れたり、一時期「借用」する形で採用する方法もあります。今でも「トヨタ自動車」などは、社内に「技術者養成校」を持ち、優秀な中学生を募集し実績を上げています。こうした学校からノウハウを指導してもらえば、運営に支障が出ることはないはずです。最近でも、特色ある「専門課程」のある高等学校がマスコミ等の取材を受け、注目されています。特に「調理」を学べる学校は、地元でもかなりの倍率で入学が難しいと言われています。高校生と言えども、有名なレストランシェフや和食の名店の料理長などから直々に指導を受ければ、意欲も向上し技術も磨かれます。私も以前、そうした学校で昼食をご馳走になったことがありますが、その「お弁当」の出来映えには吃驚でした。彼らのその後の進路を当校の校長に伺うと、「老舗旅館」「大手ホテル」「東京の名店」「調理専門学校」「大学」と様々でしたが、就職希望者には既に数社から「オファーがある」とのことでした。これなどは、まさに「新しい学校」の未来を示唆しているように感じます。
大学は、既に「再編成」が進んでいるようですが、実績のある「専門学校」と連携して「専門大学」に変わるべきです。もちろん「普通科」を卒えた生徒は、従来の大学に入ってさらに専門を磨けばいいでしょう。但し、こうなると大学は「入ればいい…」程度の扱いではなくなります。外国の大学のように単位の取得が難しくなり、よほどしっかり勉強をしないと「卒業試験」に合格できないことになります。なぜなら、専門中学校、専門高等学校を卒業した生徒は、既にその道のプロに近くなっています。大学まで入れれば「10年間」その道で修行したことと同じです。それは、大学を卒業した時点で「即戦力」なのです。企業にとってもこれほど有り難い「人材」はいないはずです。「普通科」の大学生は、この「専門」教育を受けた学生と競うのですから、大学生活をのんびり過ごしている暇はありません。彼らより、より高度な知識と専門性を持つためには外国の大学などへの留学も奨励されるはずです。そうなれば、これまでの「大学名」「偏差値」などの基準はなくなります。こうなれば、日本の学校教育は外国からも見直されるはずです。
3 学校での「国語」「道徳」教育の充実
今の文部科学省の教育方針は、「グローバル化」一本槍で進められています。これもアメリカの世界戦略の一環に他なりませんが、そのアメリカが今や「グローバル化」に懐疑的になっています。それは、中国の台頭とロシアのウクライナへの侵略、そして欧米で起きている「移民問題」があるからです。中国が、共産主義一辺倒から「資本主義」の一部を導入し、経済発展を目指し始めた時、アメリカはそれを諸手を挙げて喜びました。なぜなら、中国の「大市場」が開放されるからです。アメリカにとって、中国という国は、世界の中でも「特別な国」でした。戦前には、日本の台頭を嫌ったアメリカは中国に肩入れして「日中戦争」を拡大させ、遂には対日戦争を起こしました。今さらながら言うことではありませんが、日本が米英との戦争に突入したのは、アメリカの露骨な経済封鎖と日本人差別に原因があります。中国で日本の敗戦後に「内戦」が起きたのは、アメリカが中国共産党に肩入れしたためです。今の「中華人民共和国」を創ったのは、アメリカだと言うことを忘れてはなりません。だからこそ、中国の市場開放はアメリカの「悲願」だったのです。ところが、その中国が経済的に大きくなると、またもやアメリカの「脅威」になってしまいました。今では、市場開放どころか、世界中の情報や富が中国に掠め取られ、アメリカの最大の「ライバル国」になってしまいました。これでは、「グローバル」どころの話ではありません。さらに、欧米での「移民問題」は、各国の内政問題になっており、多くの国民の怒りを買う始末です。何処の国も国境に大きな「壁」を作って移民を防ぎたいと考えているようですが、一度許した施策を180度転換することも難しいのでしょう。要するに、「グローバル化」は世界の国々から「国境」をなくし、経済や文化の交流を積極的に進めようとする思想でしたが、ここに来て、破綻しているのは眼に見えています。それを相変わらず言い続けているのは、「日本政府」くらいなものでしょう。そろそろ、日本も世界に混乱を招いた「グローバル化」から眼を覚ますべきなのです。
教育においても、この「グローバル化」のために外国語が教科になり、ネット社会に対応するためのコンピュータ授業が取り入れられました。指導方法も「人権」に配慮し「差別」を許さない方針で進められています。また、外国人のように討論できる「ディベート」も採り入れられ、日本人を早く「国際人」に変えたいという意思が感じられます。しかし、それを強調するあまり、日本の子供にとって大切な「国語」や「道徳」が疎かにされては困ります。まして、ここ数年間、コロナ禍の影響で、子供たちは不自由な生活を強いられ、学校の授業どころではありませんでした。それでも、文部科学省は「グローバル化」を諦める気配はありません。そこで重要になってくるのが、「国語」と「道徳」の教育の見直しです。文部科学省は、学習指導要領の改訂の度に様々な「教育課題」を持ち出して、学校に「あれしろ、これしろ!」と要求してきます。教師がただでさえ限界を超えて働いているにも拘わらず、「通知したから、後は、そっちで研修して教えなさい!」と押し付けてくるのがパターン化されてしまいました。
したがって、学習指導要領の目標は「何一つ」達成されてはいません。私が知るだけでも、「地域に開かれた学校づくり」「学校運営協議会の設置」「子供の個性重視の教育」「学習評価基準の改定」「全国学力学習状況調査」「教員免許更新制の実施」「いじめ防止の徹底」「道徳の教科化」「外国語(英語)の教科化」「コンピュータ授業(ギガ・スクール)の開始」等と次々と新しい施策を打ち出し、躊躇いもなくどんどんと現場に投げてくるのです。学校では、ひとつ始めているうちに次の施策が来るので、どれも中途半端になり目標が達成できたものは何一つありません。これでは、子供も教師も疲弊するばかりです。入試制度も次々と改正されるので、中学生以降の子供たちも保護者も文部科学省に振り回されています。それが「学校ブラック化」の要因なのですが、政治家や官僚はわかっていても「知らぬふり」をし続けています。本来、学校教育で教えなければならないのは、国民が生活する上で基礎となる「読み書き算盤」だったはずです。それが本来の「義務教育の使命」だったはずですが、どうも日本政府は、経済界や学者たちの意向に忖度して「新しい課題」をやらせたくて仕方がないようです。それが、自分たちの「評価」につながるのでしょうが、何十年も同じパターンを繰り返すのは、官僚の悪癖のような気がしてなりません。そういう意味では、もう一度「初心」に帰るべきでしょう。
もし、文部科学省が理想とする学校を創りたいのなら、次々と「新しい課題」を学校に投げるのではなく、「基礎基本」をじっくりと学ばせる体制を作ることです。「子供の個性を伸ばす」とか、「子供の道徳性を高める」「子供の自己肯定感を高める」「いじめのない学校を創る」「子供の学力を高める」などという言葉は立派です。しかし、これらに関しては何も具体策が出て来ません。確かに、文部科学省は学習指導要領でそれらを示していますが、それ以上に「新しい課題」を投げてくるために、学校は、それらに振り回されて、子供の「心に寄り添うような教育」ができないでいるのです。まさか、「道徳を教科化したんだから、できるだろう?」とか、「授業時間を増やし、教える内容を増やしたんだから、学力を伸ばせるだろう?」などと考えてはいないでしょうか。これでは、強制的な「詰め込み主義」でしかありません。「〇〇したから、〇〇になるだろう?」という発想は、前時代的発想です。人間は、家畜や機械ではないのです。単純に尻を叩かれたから働くわけではありませんし、油を差したからスムーズに事が進むわけではありません。問題は、人としての「気持ち」をどう動かすかにかかっているのです。どうも、そのことは彼らの念頭にはないようです。
子供を教育するにあたって、一番大切なのは「子供に温かい愛情を注ぐこと」です。乳幼児期には、母親や近しい人からの「愛語」とスキンシップによって心身が健全に育っていきます。そして、小学校に入学してからは、教師たち大人が子供の心に寄り添いながら、生活や学習の「基礎基本」を丁寧に教えることなのです。そして、その大本になるのが国語である「日本語」と「道徳」なのは、わかりきっています。そのためには、これらを指導する「授業時間」や「学校裁量時間」を確保し、教師が「ゆとり」を持って丁寧に教えていくことが大事なのです。以前、文部科学省が示した「ゆとりの時間」をマスコミは政治家を利用して潰してしまいました。保守系の評論家たちまでもが、「あんな教育は、だめだ!」というレッテルを貼ったために、今では「ゆとり」という言葉さえ学校で使えなくなってしまいました。あのとき、学校の教師たちは、あの「ゆとり教育」を歓迎していたのです。「これで、じっくり子供に教えられる…」とか、「教育相談が充実できる…」と喜び、準備を進めていたのです。しかし、突然、それは文部科学大臣のひと言によって覆され、「詰め込み方式」の「学力向上」に国は舵を切ったのです。たかが、「国際学力調査(PISA)」の結果が悪かったというだけで、何の検証もされずにマスコミと左翼政治家の煽動によって、政府は方針を180度変えて彼らに屈服したのです。そこの先に今の「学校ブラック化問題」があるのです。
もし、もう一度、政府が学校の教師を信じ「ゆとりの時間」を与えてくれたら、先生たちは挙って「国語」と「道徳」に力を入れ、子供たちの個性を伸ばすような教育を進めて行くはずです。子供の個性に応じて教材を用意し、子供の意欲を高めるための授業を工夫し、悩める子供には即相談を行い、保護者にも丁寧に説明して協力してもらう…。そんな「体制」を作ることができるのです。日本の歴史を見れば、日本語で書かれた多くの「文学」が残されています。それらを学ぶことで、子供たちは「美しい日本語」を再認識し、喜んでそれを使おうとするでしょう。そして、それを「誇り」に思うはずです。それが「自己肯定感」につながるのです。「道徳」は教科になりましたが、未だに旧来の道徳観から抜け出せずに、形ばかりの教科になりつつあります。「深い学び」と言うように、子供たちが自ら学び、日本の道徳のすばらしさを体験することができれば、日本人の「道徳性」が廃れることはありません。政治は「目先」に拘っては「国家百年の計」を危うくします。もっと長い目で、日本の将来を見据えた学校づくりが必要なのです。それを支えるのが「国語」と「道徳」という教科だと言うことを忘れてはなりません。
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